第64話 『 アンタのア〇ルに触手突っ込んでやる! 』


「そんなにカフェオレばっか飲んでたら糖尿病になるぞ」

「現実味のある怖いこと言うな」


 すっかり晴と慎の行きつけのお店になった喫茶chiffonでカフェオレを飲んでいると、


「およ、これまた偶然の出会いっすね!」


 独特な言葉遣いに自然と声主の方へ振り返れば、その言葉通りだった。


「ミケさん」

「はいっす! この間ぶりっすね、ハル先生」

「久しぶりです。ミケさん」

「あら、ナルシストさんも一緒っすか」

「いやナルシストじゃないですから!」


 慎の弁明も無視してミケが晴たちの所へ寄ってくる。


 慎も何度かミケと顔を合わせているが、第一印象が〝ザ陽キャ野郎〟との事でそんなあだ名を付けられている。 


 辟易としている慎を晴も無視してミケに顔を向ければ、


「珍しいですね、外に出てるの」

「パンケーキの資料が欲しかったんすよ」

「それならパンケーキ専門店とかに行くべきでは?」


 そう聞けば、ミケは親でも殺されたような形相になった。


「あそこは魔境っすよ。私みたいな陰キャがいくと、はなに来てんだコイツ、みたいな目で見られて胃に穴が開くっす」

「なら俺が一緒に行きましょうか?」

「お前は既にカノジョがいるだろ」

「五月蠅いっすよナルシスト。冗談は顔だけにしてください」


 にこにこと笑みを浮かべながら物凄い毒を吐いたミケに慎は顔を引きつらせる。


 ミケの容赦ない罵倒にノックダウンするナルシストを無視して、晴はとりあえずミケを隣に座らせる。


「どうぞミケさん。俺の隣なんかで申し訳ないですが」

「いえいえ! お邪魔していいんすか?」

「はい。こいつと喋るのも飽きてきた頃ですし」

「ハル先生は気が利きますね~」

「……色々言いたいことはあるけど、晴はミケさんには甘いよな」

「俺の作品のイラストレーターだからな」


 顔だけ上げた慎にジト目で睨まれても、晴は平然と返した。


 晴の小説をより上の作品へと昇華させてくれているのは、他ならぬ文佳とミケの尽力あってこそなのだ。そんな彼女たちを蔑ろにするはずがない。


「俺、イラスト担当者とそんなに仲良くないよ」

「私たちはコミュ障が多いっすからねー。その代わりに与えられたのが絵を描く才能なんすよ。コミュ症であればある人ほど、絵は上手いっすよ」

「神絵師が言うと説得力が違いますね」


 メニュー表を眺めながらさらりと言ったミケに、慎が脱帽した。


「ナルシストさんはもう少しイラストレーターを慮る努力をした方がいいっすよ。ハル先生みたいに」

「ぐっ……こいつと比べられると歯痒い気持ちになる⁉」

「ヤリチン野郎如きがハル先生の足元にも及ばないっすよ」

「ミケ先生さっきから辛辣ですよ⁉」

「悔しかったらまずは【50万部】することっすね」

「くあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 ナルシストやらヤリチンやらと、精神攻撃を浴びせてくるミケに慎は目尻に涙を溜めていた。


 だせぇ、と胸中で思いながらも晴はミケに「注文決まりましたか?」と穏やかな声音で訊ねた。


「はいっす! パンケーキと紅茶にします!」

「分かりました」


 ぱたん、とメニュー表を閉じたミケがキラキラと瞳を輝かせる。

 こくりと頷くと晴は丁度こちらに向かってきていたマスターに手を上げた。


「マスター。オーダーいいですか?」

「もちろんだとも。……初めて見るお客さんだね。晴くんの知り合いかい?」

「俺の小説のイラストを担当してくれている方です」

「黒猫のミケと言います!」


 ミケと呼んでください、と無邪気な子どものような笑みを浮かべるミケに、マスターも朗らかな笑みを浮かべて応じた。


 それからマスターにミケご所望のパンケーキと紅茶を注文すると、一礼してキッチンへと向かって行った。


「ネットで見たらここが一番綺麗にパンケーキ作ってそうだったのでここにしたんすよね」

「そうなんですね。俺も頼めばよかったかな」

「今からでも間に合うんじゃない?」

「また今度にする」

「ならその時は美月ちゃんと一緒に食べにくれば?」

「あいつここの従業員だろ。休みの日まで店に来たいと思うか?」

「普段の仕事場を俯瞰して見たいと思えば来るんじゃない?」

「一理あるが、やっぱいい。一人で来る」

「俺も誘えばいいじゃん」

「お前とは今日も来てるだろ」


 そんな会話をしていると、ミケが「本当に仲良しっすねー」と睦まじいものでも見るかのような視線を向けてきた。


「なんだかんだ付き合いは長いですからね、俺たち」

「異議あり! 私とハル先生のほうが付き合い長いっすよ!」


 ミケとの関係は約七年くらいになる。たしかに、慎よりも断然付き合いは長い。


「ミケさんて晴と付き合い長くて関係も良いのに、なんで恋愛には発展しなかったんですか?」

「はい出た付き合いが長いと自然と恋愛に発展すると思うチンカスの思考。いかにも陽キャの考えっすね。私とハル先生は仲が良いのは認めますけど、それはあくまで仕事のパートナーとしてっす。付き合いの長さ=恋愛になると思ったら勘違いっすよ。死ね」

「ドストレートに傷つくこと言わないで⁉」


 慎に容赦のないミケに、流石の晴も苦笑。ただ、ミケとしては晴との関係を簡単に括られてしまうのが心底気に食わないのだろう。こればかりは晴との絆を蔑ろにしたと勘違いさせた慎に非がある。


 げんなりとしている慎は肩を落としながら言った。


「でも二人って、時々アキバに行きますよね。俺もだけど」

「じゃあナルシストさん。異性と二人きりで出掛ければそれは恋愛になりますか?」

「ならないです」

「そういうことっす」


 晴とはあくまで友人関係だと主張を一貫するミケ。それに同感だと晴も強く頷く。


「ヤリチン野郎はラブホでも回遊してろ」

「俺いまカノジョいるから! ていうか晴も俺を罵倒するのやめろ!」


 童貞! と返してきたのでお互い様だ。


「はぁ、ナルシストさんはもう少し女心を勉強したほうがいいっすよ。だから読者に『戦闘描写は面白いけどラブシーンはもう少し工夫して欲しい』と言われるんすよ」

「ぐっ⁉ 俺の気にしてるところを……っ⁉」

「ハル先生がいるんだからラブシーンの描写教えてもらえばいいじゃないっすか。神がいるんだから」

「大袈裟ですよ、ミケさん」

「ハル先生は神っすよ?」

「くっそ! 実際売上は晴が圧倒的だから反論できない!」


 奥歯を噛みしめる慎に、ミケはふっ、と挑発的な笑みを浮かべた。


「私たちを越そうなんて百年早いっす」

「晴もドヤ顔するな! ムカつく!」


 ミケの言葉に晴も胸を張ってドヤァ、とした顔を作れば、慎が悔しそうに奥歯を噛んだ。

 それから慎はどっと重い息を吐くと、


「はぁぁぁぁぁぁぁ。本当に二人の相手は疲れる」

「バテるの早いっすね。それじゃあ女は満足しないっすよ。早漏野郎」

「処女のくせに……」

「あ、今の完全にセクハラっす! 女の敵! 人外! 今度ナルシストさんで凌辱もの同人誌書いてやるから覚えてろ! アンタのア〇ルに触手突っ込んでやる!」

「それ本当にやめて⁉ あとアンタも俺に対してのセクハラ尋常じゃないからな⁉」


 ぎゃーぎゃー、とまるで子どもみたく騒ぐミケと慎を、晴は呆れたような目で見ていた。

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