第62話 『 ヤンデレ属性は神っすよ? 』
【黒猫のミケ】こと本名・
ぼさぼさの黒髪によれよれの服。発育の乏しい胸にやたらと華奢な体躯は、女性というより少女という印象を強く与える。顔も童顔で、高校生と言われても違和感がない。
語尾も「~っす」と体育会系男子みたいだが、本人は運動部に所属経験が一度もない。
そんなミケは、ほかほかの弁当を前に飢えを貪るように箸を進めていた。
「くあ~~~~⁉ 久々の白米がうめぇぇぇぇ⁉ 日本人サイコ~ッ‼」
肉もうめぇぇ⁉ とおっさんみたいな感動の仕方だが、それだけミケが仕事に追われていたという顕れなのだろう。
晴は自分の箸を容器に置くと、買ってきたペットボトルを渡した。
「はい。ミケさん。こっちもちゃんと飲んでください」
「ありがたい! ハル先生は相変わらず気が利きますね~」
ごくごく、と豪快にお茶を飲むミケに晴は「いえいえ」と首を横に振る。
晴はミケにだけは、今みたく献身的になる。それがなんでかは本人も分からない。
たぶん、妹みたいだから、なのだろうか。
単純に異性の友達だから、というのもあるかもしれない。
とにかくミケは放っておけない存在なので、晴はこうやってミケの救援要請には駆けつけることにしている。放って置いたら倒れそうで心配だ。
「(あぁ、あいつが俺を放っておけない理由はこれか)」
美月が晴に抱く感情が、晴がミケに思う感情と同じなのだと理解すれば、胸の奥の留飲が下りた気がした。
それまでは理解できなかった感情を知った晴の意識に、からからと笑うミケの声が届いた。
「それにしても、まさかハル先生が結婚するなんて思いもしなかったっすよ」
話題が【晴が電撃結婚した件】になった。
「それは俺も驚いてます」
「なんで自分で驚いてるんすか」
ミケがおかしそうに笑った。
それから、胡坐をかくミケは「あー……」と呻る。
「でも、いいんすか?」
「何がですか?」
「既婚者なのに他の女の家に上がり込んじゃって。救援要請したのは私っすけどね」
「問題ないですよ。内緒にすればいいですし」
「それはそれでどうなんすかね。なんかイケないことしてるみたいじゃないすか」
口ではそういつつも、ミケはわずかにこの状況に興奮していた。
「俺とミケさんは仕事のパートナーで友達ですし、なんなら今日会ったことを言えばいいだけです」
「相変わらず淡泊っすね、ハル先生は」
「妙な誤解が生まれてこじれるよりマシです」
美月は事情を説明すれば納得してくれる、そんな妙な信頼感を覚えて答えれば、ミケは「そういうドライなところ好きっす」と好意を寄せてきた。
それが好意であって好意ではないのは感覚で分かるから、「ありがとうございます」と淡泊に返した。
「でも、ハル先生は結婚しちゃったから、前みたく気軽にアキバには誘えないかー」
私ハル先生以外の友達いないんだよなー、と呟くミケに晴は首を横に振る。
「気にしなくていいですよ。俺もミケさんとアキバに行くのは楽しいから好きなので。なので、これからも遠慮せず誘ってください」
「そう言ってくれると助かるっすけど、でも奥さんに申し訳ないっす」
苦笑を浮かべるミケに、晴はわずかに罪悪感を覚える。
「(ミケさんには申し訳ないことをしたかな)」
ミケはネット上には多くの友達がいるが、現実の彼女は家で絵を描き続けているせいで殆ど友達がいない。
仕事仲間はいれど、友達と呼べるのは晴意外にはいないかもしれない。
ミケが友達を作れないのは、絵を優先しているからで描くのが好きだから。
イラストレーターが生計を立てていくには、描き続けるしかない。晴たち小説業界もシビアであはるが、現実の厳しさでいえばイラストレータの方が残酷かもしれない。
無名と有名では、イラスト一枚の単価は文字通り天と地ほどの差がある。
好きには必ず、好きでいられない時間がやってくる。
それを乗り越えた者だけに与えられるのは『賞賛と名誉』であり、その裏には数えきれない犠牲が存在している。
晴も、そしてミケも、己の何かを犠牲にしたからこそ今の地位を築けている訳で。
「ミケさんは恋人とか作らないんですか?」
「まさかその言葉をハル先生からもらうとは思ってなかったっす」
ミケにも、美月のような存在がいればいいなと思って聞けば、意外だと笑われた。
ミケはからからと笑いながらも箸を唇にあてれば、
「今はカレシとか募集してないっすね。絵を描くほうが楽しいし」
誰かに自分の絵を喜んでもらえる感動を味わうと、もう抜け出せなくなってしまう、と以前ミケが言っていたことを思い出した。
「どうせ付き合うならハル先生が良かったなぁ」
「俺も生活能力皆無なので共倒れしますよ」
「それもそうっすね」
自分で言うのもあれだが、肯定されるのも複雑な気分だった。
「ハル先生の奥さんは家事できるんすか?」
「えぇ。それが条件で付き合いましたから」
「ほへぇ。それで結婚まで行くとか幸せ過ぎて普通に呪いたくなるっすね」
「普通に呪わないでください」
危うく呪術を掛けられそうになった。
今にも晴を呪いそうなミケの邪悪な顔を元に戻させつつ、晴はちくわ天を頬張ると、
「家が綺麗になると仕事って捗るんですよね」
「やっぱそっすか! ……あれ、いま私の部屋汚いって遠回しに言われてます?」
「ミケさんの部屋が片付いてないのは仕事熱心だからでしょう」
「あはは。忙しいと全然片付けられないっすよね。時間見つけて掃除しようとは思ってるんすけど」
「なかなか時間取れないですよね。あとやる気も出ない」
「それっす」
共感し合えば、お互いに苦笑をこぼす。
それからミケは「はぁ」とため息を吐くと、
「私も家政婦さん雇おうかな……ハル先生は一時雇ってましたよね?」
「半年くらいですけどね」
「どうでした?」
前のめりに感想を求めるミケに、晴は「個人的感想ですけど」と前置きして答えた。
「まぁ、便利といえば便利です」
「ほほぉ」
「でも色々と聞かれることが多いので、俺たちみたいな家が仕事場だと結構大変です」
「うへぇぇ」
それは困る、とミケも顔をしかめた。
「やっぱ私もカレシ募集しようかなー。炊事洗濯できる万能カレシ欲しいなぁ」
「ミケさんならすぐできますよ」
「それはどうっすかね。私語尾変だし胸も小さいし」
「それだけで手放す男ならミケさんから捨ててやればいいです」
「私、変に依存しそうで怖いんすよねー」
「あぁ、たしかにミケさん、ヤンデレ属性ありそう」
「ヤンデレ属性は神っすよ?」
それは二次元の話から言い切れるのであって、現実だと怖い気がするが。
「まぁでも、数分置きにメール送られたら仕事の邪魔でスマホぶん投げたくなるかもっすね」
「熱烈な愛情表現は二次元だから楽しめるものですよね」
晴の言葉にシンパシーを感じたのか、ミケは興奮してテーブルを何度も叩く。
「そうっす! そうっす! いやー、やっぱハル先生は話が分かるなー。現実の倭姦ものと二次元の倭姦ものじゃあ愛の良さが違うっす!」
「実の妹が本当はお兄ちゃんが大好きで、その上ヤンデレで甘々なプレイを求めてくるのとか良いですよね」
「そうなんすよ! もはや妹属性というだけで神だというのにっ、そこにツンからのデレ! エロシーンでみせる蕩け切った顔はたまんねぇ! の一言に尽きるっす!」
「それに必死に答えようとする兄はもう真の姉弟愛ですよね」
「そうなんすよ‼ やっ、流石はハル先生! ラブコメの代名詞!」
「今のはラブコメじゃなくて成人向けの話だったはずですけど……」
「愛に十八禁も全年齢版も関係ないっす!」
「あはは。たしかにそうですね」
ミケの言う通りだと、晴は微笑を浮かべて頷いた。
ミケとは、本当に気兼ねなく話ができる。エッチな話題も、慎よりも何故かミケとの方が話し易いのだ。こればかりは本当に謎だが、修羅場を共に潜り抜けてきた戦友だからと思えば、心の内を明かせるのも当然かもしれないと思った。
そんな訳で恋人の話から一転、晴とミケは弁当を食べながらエロトークを繰り広げていくのだった。
「……ところでハル先生ってどんなプレイが好きですか? 来月のコミケは無理っすけど、冬コミは久しぶりにR本出そうと思って」
「マジですか。絶対買います」
「いや今度も売り子してくれると助かるっす」
「えぇ、是非。夏コミも必要だったら声かけてください。スケジュール調整するので」
「よっしゃあ!」
こんな猥談に華を咲かせる日も、あっていいのかもしれない。
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