第59話 『 こ、こすぷれ? 』
そうして慎とそのカノジョと合流した晴と美月は、立ち話もなんだとドーナツ店にいた。
「初めまして、慎くんのカノジョの
頭を下げた詩織に、晴と美月も会釈した。
「八雲美月です。隣にいる彼の妻です」
「八雲晴です。慎の、一応友達です」
「おい、なんで一応をつけるんだよ。ちゃんと友達だろ」
「だそうです」
お前ってやつは、と呆れる慎を放っておき晴は詩織をマジマジと観察した。
年齢は二十代前半くらいだろう。が慎よりは年上に見える。
髪色は慎よりもワントーン暗いブラウンのショート。髪色は地毛ではなく染めているのだろう。パッチリとした目つきにつんと立ったまつ毛。整った顔立ちにはデート用であろう化粧が施されている。紅い唇はリップを塗っており、艶感を出すためにグロスも重ねているのが判った。
身長は美月よりも高いが、バストは美月の方が若干勝っているように見える。
ニットのせいか余計に豊満に見えるな、と胸中で思っていると、隣からいきなり腕を抓られた。
「痛い。何すんだ」
「あまり女性をじろじろ見てはいけませんよ」
それもそうだ、と納得したが美月は何故か不服そうに頬を膨らませた。はて?
頬を膨らませる美月に眉根を寄せていると、詩織が晴たちに問いかけてきた。
「ええと、慎くんからこの間ちょっと聞いたけど、お二人って本当に結婚してるんですよね?」
むくれる美月が慌てて姿勢を正し、晴は「そうです」と肯定した。
「美月は俺の妻です」
「事実なんだ。すごーい」
「えへへ。妻……妻ですって」
「……きもちわる」
平常心になった美月がまたそっぽを向いたが、今度は何やら不敵な笑みをこぼしていた。
妻が平常心を取り戻してくれるのを待ちつつ、晴は先に慎とそのカノジョと会話を続けた。
「すいません。デートの最中にお邪魔してしまって」
「晴、べつに外面モード出さなくてもいいよ」
「あ?」
「ごめん。やっぱ外面モードでお願いします」
低いに慎が怯えた。
怯える慎とは対照的に、詩織はにこにこと愛想のいい笑みを浮かべていた。
「いえいえ。こちらこそすいません。夫婦の憩いの時間に割って入ってしまって」
「気にしないでください」
と柔和な笑みを浮かべれば、慎は「うえぇぇ」と顔を顰めて美月は頬を膨らませて詩織は「優しい方ですね」と三者三様の反応をみせた。とりあえず、慎は後でしばく。
「いつも慎くんがお世話になってます」
「いやいや。どちらかというと俺が晴をお世話してたから」
「そうです。慎さんのおかげで晴さんの生活は保たれてたんですから」
「……お前ら」
ここに晴の味方はいないのだろうか。
げんなりとする晴を美月がよしよしと頭を撫でながら労わっていると、そんな美月に詩織が興味津々に聞いてきた。
「ところで、美月さんて女子高校生っていうのも本当ですか?」
慎くんから聞いて、と付け加える詩織。どうやら事情は慎から概ね聞いているようだ。
プライバシー皆無だな、と胸中で呟いていると、隣に座る美月は嫌な顔一つせず頷いた。
「はい。十六歳で高校二年生です。学校は月並高校に通ってます」
「本当に|女子高生≪JK≫なんだー!」
「ね、凄いでしょ」
肯定した美月に、詩織が驚く。
「うん。めっちゃ凄いね。というか美月さん……」
「美月でいいですよ」
「じゃあ美月ちゃん。会った時からずっと思ってたんだけど、すごく可愛いねっ⁉」
「いえいえ。詩織さんの方が美人です」
「お世辞も上手とか、この子私より立派だぁ」
感慨深そうに吐息する詩織に、慎がさらりと言った。
「詩織ちゃんだって可愛いし美人でしょ」
「やだぁ慎くん。照れるようなこといわないでよっ」
バシンッ‼
「「っ⁉」」
キザな台詞を吐いた慎のせいで頬を赤くする詩織。照れ隠しに慎の背中を叩いたが、結構いい音が響いた。
「けほっ……けほっ……いい音だ」
「「…………」」
むせ返る慎に見向きもせず、詩織は晴と美月に好奇心に満ちた瞳を向けてくる。というより、視線は晴ではなく美月に釘付けだった。
「はぁ。本当に可愛いなぁ。美月ちゃん。あのね私、妹が一人欲しかったんだよね」
「そ、そうなんですか……」
「妹がいたらさー、絶対楽しいと思わない? ほら、一緒にゲームしたり、洋服を買いに行ったり」
「な、なんとなく分かりますけど。あの、詩織さん? どうして私に、そんな羨望みたいな眼差しを向けてくるんですか?」
「それは美月ちゃんが可愛いからだよ~。本当に、いい素材だわぁ」
「そ、素材?」
なんというか、スイッチみたいなものが入った気がした。
恍惚気に光る眼が、なんというか捕食者のそれだった。
「ねね、コスプレとか興味ある?」
「こ、こすぷれ?」
美月が疑問符を浮かべながら首を捻れば、詩織は段々とテンションが上がって口調も弾んでいく。
「そうそう! 私、趣味でコスプレしてるんだ。普段はOLなんだけどね」
「……詩織ちゃん。実はコスプレイヤーなんだよね」
また濃い人材を持ってきたな、と胸中で呟くと、詩織が復活した慎の言葉を「そうだよー」と肯定してスマホを見せてきた。
晴も見た事がある作品のキャラクターだった。水色の髪のショートとメイド服が特徴的な少女で、異世界ものとして大ヒットしたヒロインの子の一人だ。
「これ、詩織さんですか⁉」
「うん! しお☆りん、て名前で活動してます!」
見せられている画像そっくりに敬礼のポーズを取れば、確かに目の前の詩織とコスプレイヤーの雰囲気が一致する。
「あれ〝しお☆りん〟てたしか……」
「うん。有名コスプレイヤーだよ」
晴の思案を慎が汲み取って答えた。
「やっぱそうか。しお☆りんさんか」
「あそうか。私、ハル先生のヒロインもコスプレしたことありましたね」
「ありがとうございます」
えへへ、と照れている詩織に頭を下げた。
ハルが小説家だという情報も既にリークされている事にはもはや驚きもないが、人気コスプレイヤーに自分が創ったヒロインのコスプレをしてもらえるのは作者としても感無量に尽きた。自分の作品の子が愛されていると、そう教えてもらえるから。
「【微熱に浮かされるキミと】全話見てめっちゃハマりました!」
「そう言ってもらえると、原作者としては嬉しい限りです」
「神作品には全力で応えるのがヲタクってもんですから!」
握り拳を作り、熱くなる詩織に晴は微笑みを向ける。それと同時、理解する。
なるほど、彼女は慎のドタイプの人だ。
明るく、健康的な体つきで、ヲタクで髪はショート。チェック項目の全部が埋まっているではないか。
そんな詩織の視線は、いまは晴に注がれていて。
「尊てぇ作品を生んでくれてありがとうございます、ハル先生!」
「いえいえ。ミケさんにも今日のこと伝えておきますね」
「ミケって……もしかして黒猫のミケ先生ですか⁉」
「ええ。知り合いなので」
「そっか。【微熱に浮かさされるキミと】のイラストレーター、ミケさんですもんね」
「はい。機会があればサイン貰っておきましょうか?」
「マジですか⁉ コスプレしてて良かったぁぁぁっ」
すっかりヲタクモードに入った詩織と少しだけ会話を楽しんでいると、
「童貞やろうが」
「晴さんのばか」
と慎と美月から罵倒されたが、詩織と話を弾ませる晴はそれに気付きもしなかった。
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