第58話 『 慎さんにも魅せつけたいので 』

 

 晴と美月は前回のデートを経て、一緒に買い物する機会が増えた。


 尤も、晴は美月の買い物に付き添っているだけだが。


 もっとも美月は晴と一緒に買い物に行けるだけで嬉しいようであり、晴も晴で息抜きとして丁度いいからと続けていた。


 そんなある日の休日だった。


「ねぇ、晴さん」

「あ? なんだよ」


 くあぁ、と欠伸をかいていると、不意に美月に袖を引っ張られた。


「あれ、たぶん慎さんですよね?」

「ん? どれだ?」

「なんで友達なのにすぐに分からないんですか……」

「目が悪いんだよ」

「今度眼鏡買いにいきましょうね。反論は受け付けませんので」


 呆れる美月を横目に、晴は目を凝らして慎と思わしき人物を探す。

 何十メートルか先。確かに慎らしき人物がいた。

 あのセットした茶髪に、晴もよく見ているワインレッドのジャケット。


「慎だな」

「ですよね」


 やっと視界も慣れてくれば、アレが慎だと確定した。

 声を掛けようかと思ったものの、二人は戸惑った。

 その理由というのも、


「あれ、お姉さんでしょうか?」

「いや、アイツは兄しか兄弟がいないぞ」

「それじゃあ……」


 二人が逡巡するのは、慎の隣に女性がいたからだった。

 何やら楽しそうな雰囲気で、晴も美月も容易に察しがつく。


「あれ、カノジョか」

「でしょうね」

「楽しそうだし、そのままにしとくか」

「晴さんにしては気が利きますね」

「お前のおかげで気遣いを覚えた」

「ふふ。もっと感謝してください」

「遠慮しとく」

「なんでですかっ」


 もしかしたら恋人になる一歩手前かもしれないが、二人の間にお邪魔するのもどうかと思って声を掛けるのを止めた。


 美月に腕をぺしぺしと叩かれつつ振り返ろうとすれば、突然スマホが鳴った。


「誰ですか?」

「……慎だ」


 電話相手に美月が驚く。


 もしやと思い、電話に出る前に振り返れば、慎がこちらに気付いていてニコニコと手を振っていた。


「ちっ」


 とりあえず、晴はスマホを耳にあてた。


「もしもし。切っていいか?」

『なんでだよっ』


 電話越しに慎のツッコミが聞こえた。


「お前のデートに邪魔しちゃ悪いと思って」

『気遣いどうも。いいよべつに。丁度、俺もカノジョに晴と美月ちゃんを紹介したかったから』

「俺はお前の家族か」

『晴が弟とかこっちから願い下げだよ』

「おいそれどういう意味だ。つーか俺の方が年上なんだからお前が弟だろ」

『こんなお兄ちゃん要らないよ』

「傷つくからやめろ」


 晴でも傷つくんだねぇ、と電話越しからけらけらと笑われる。

 甚だ遺憾だが、晴は嘆息すると、


「で、そっちに行っていいのか?」

『勿論。美月ちゃんもちゃんと連れてきてね』

「分かった」


 ちらりと美月を一瞥すれば、スマホを一度耳から外して、


「お前のことカノジョに紹介したいから来てくれ、だって」

「お邪魔していいのでしょうか?」

「アイツが連れて来い、って言ってるんだからいいだろ」


 分かりました、と頷く美月を見ながら、晴は再びスマホを耳にあてる。


「美月もいいそうだ。今からそっちに行くから、少し待ってろ」

『ん。カノジョにも伝えておくね』

「あぁ」


 顎を引けば、晴は電話を切る。

 ふぅ、と短く息を吐けば、美月に振り返って。


「そんじゃ向かうか」

「はい。あ、手を繋いでもいいですか?」

「なんでだよ」

「晴さんと睦まじい関係だって、慎さんにも魅せつけたいので」

「なんかハズイからやだ」

「このわからずやっ」


 ぺちん、と結構強く腕を叩かれた。

 頬を膨らませながら先を行ってしまう美月の背中を追いかけながら、晴はやれやれと肩を竦める。


「おい、いまの攻撃けっこう効いたぞ」

「知りません。女心を弄んだ罰です」

「悪かったよ。でも今日は勘弁してくれ」


 懇願すれば、せこせこと速足の美月は足を止めて振り返った。

 機嫌が直ったかと思えば、やっぱりまだご機嫌は斜めのようで。

 そんなご立腹の嫁は、ぷくぅ、と頬を膨らませながら言ってきた。


「それじゃあ、家に帰ってキスしてくれたら許してあげます」

「それで許してくれるならまぁ、妥協しよう。……でも要求高くないか?」

「いーえ。これが妥当です」

「もう好きにしてくれ」


 慎とカノジョ+公衆の面前で仲良く手を繋いで向かうのと、家という二人きりの空間を天秤に掛ければ後者に傾いて、美月の要望を受け入れた。


 こくりと頷いた晴に、美月はご満悦に微笑むと、


「言質取りました。絶対、家に帰ったらキスしてもらいますからね」

「分かったよ。ほれ、さっさと向かうぞ」


 日に日に要求が高くなっていく晴の嫁は、「はい」と上機嫌に歩き出したのだった。

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