第57話 『 ジャイ〇ンより可愛いです 』
金城冬真と友達になった夜のこと。
「あの、晴さん」
やや緊張した面持ちで名前を呼べば、「なんだ」と晴がスマホから視線を外した。
ええと、と視線を右往左往させながら、美月は頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「何が?」
突然謝った美月に、晴は訳が分からないと眉根を寄せる。
怪訝な顔をする晴に、美月は顔を上げると、
「その……ですね、今日学校でちょっと色々ありまして……晴さんには凄く申し訳ないことをしてしまったというか、晴さんの立場を危うくしてしまったというか……」
「ごにょごにょするな、簡潔に言え」
「……はい」
尻込みしていると晴に呆れられて、美月は悄然としながら打ち明ける。
「……今日、クラスの子に自分と晴さんが結婚していることを教えてしまいました」
ぺこり、と頭を下げながら告白すれば、美月は晴の反応を待った。
呆れられただろうか。怒られるだろうか。もしかしたら失望されたかもしれない。そんな畏怖が脳裏に駆け巡って、心臓の鼓動が大きく聞こえる。
幻滅されたかもしれない――そんな恐怖に肩を震わせると、晴の嘆息が聞こえた。
やっぱり、呆れられた。そう思った時だった。
「なんだ、そんなことか」
「――ぇ」
淡泊に応じた晴に、美月は下げていた頭を勢いよく上げた。
「怒ってないんですか?」
「なんで怒る必要があるんだ」
平然とした声音に美月はただ戸惑う。
「だって、私たちの関係は世間に公表してないですよね?」
「あぁ」
「それは晴さんの世間体を守るためですよね?」
スキャンダルになっては出版社とハルに迷惑が掛かる。ただの成人男性ならばそれほど話題にはならないだろうが、晴は小説がアニメ化している上に人気も誇っている。そんな有名人が未成年相手と結婚したとなれば、記者たちの格好のエサだろう。だからこそ、美月と晴はこの関係を誰にも明かしてこなかった訳で。
しかし、そんな美月の思惑に晴はあっけらかんと言った。
「べつに世間に知られようがどうでもいいぞ」
「ええええええええ⁉」
スマホを弄りながら答えた晴に、美月は驚愕に絶叫した。
慌てて晴からスマホを没収すれば、美月は晴を睨んで、
「そ、それじゃあなんで私たちの結婚のこと世間に公表してこなかったんですか⁉」
「んなの面倒だからに決まってるだろ」
「えええええ⁉」
「うるさ……そんなに驚くことか?」
「驚きますよ! というか、そんな理由で報告しないとか、呆れます!」
「俺が結婚しようがしまいが読者には関係ないと思うが」
「いや大アリですよ!」
力強く首を振って晴の言葉を否定する。
実際、晴の大ファンである金城はファミレスで今の美月みたく叫んでいた。まぁ、それは美月もビックリさせたくて唐突に告白した原因もあるが。
しかし、である。
「晴さん、私が晴さんの許可なく結婚したことを教えたことに、本当に怒ってないんですか?」
「怒る訳がない。つーか、お前が秘密を教えるってことは、その相手を信用したからだろ」
「……っ」
真っ直ぐな瞳で言及されて、美月は口を噤む。
「お前が信用した相手なら問題ないだろ」
「なんでですか?」
答えを求めれば、晴は当然のように言ってくれた。
「俺がお前を信用してるからだ」
「――っ⁉」
「それ以外に理由はない」
真っ直ぐに。そんな信頼をぶつけられれば、頬が赤くなってしまう。
「(なんで、そんな当たり前のように言うんですか)」
緊張も、顔色一つ変わらない晴の言葉。それでも、美月にとっては心が満たされるほどに嬉しい言葉だった。
「信用してくれて、ありがとうございます」
「感謝されるようなことは言ってないが」
「本当に貴方という人は、女心というものを分かってないんですから」
事実を事実として伝えたまで。しかし、それがどれほど嬉しいのか、いつか晴にも身をもって教えてあげたい。
胸に湧き上がる衝動を抑えきれずに晴の手を握れば、晴は呆れつつも握り返してくれた。
「で、その教えた相手は誰なんだ?」
「気になりますか?」
「知っておいて損はないだろ。言いたくないなら言わんでいい」
「そこは素直に気になると言って欲しいです」
「わー、すごい気になるー。教えて欲しいな美月ちゃーん」
「求めた私が悪かったです」
声音一つ変わらない晴に、美月は眉間に手を置く。
「さっさと教えろ」
「むぅ。晴さんの分からずや」
美月の心情など興味がないかのように、晴は顔色一つ変えずに促してくる。
できればやきもちを焼いて欲しかったが、その感情はこの男には無縁なようで諦観を悟った。
相変わらず淡泊だな、と苦笑しつつ、美月は教えた。
「男の子です」
「お前、男の友達いたのか」
「今日できました」
「それまた突然だな」
「はい。私と晴さんの関係をその子に教えたのも、ちゃんと理由があるんです」
ふーん、と生返事をしつつ、晴は「どんな訳だ?」と促してきた。
聞いて下さい、と美月は晴に微笑むと、
「その子、晴さんの大ファンなんです」
「ほぉ、となるとこの間お前を学校に迎えに行ったときに俺とお前の関係性を疑った訳だ」
「なんで分かるんですか……」
晴の推察力に慄けば、晴は「それ以外ないだろ」と返してきた。
「俺はあんまり外に顔出さないしな。俺が小説家のハルだと分かるのは、せいぜいサイン会に来たことがある読者くらいだ」
「貴方の推察力が怖いです」
「こんなん誰でも想像がつく」
「私はつきません」
旦那の脅威的な推察力に驚嘆としながらも、美月は握る手をほんのわずかに強く握れば、
「私、今日晴さんの妻になって良かったと思いました」
「なんでだ?」
「気になりますか?」
「気になる。教えてくれ」
「じゃあ教えてあげます」
素直に懇願する晴に、美月は悪戯に笑ったあと、柔和な微笑みを浮かべた。
「その子が晴さんの大ファンだ、って言った時、私凄く嬉しくなったんです」
「――――」
「私の好きな人の小説を、こんなに楽しいと思っててくれるんだって。自分が書いたわけでもないのに、晴さんが褒められて、なんでか私も誇らしくなれたんです」
不思議な感覚だった。
自分が褒められたわけでもないのに、どうしてこんなにも胸が満たされるのかと。
その答えは、考えみたらすぐに分かって。
「私が誇らしくなったのは、きっと私が晴さんの妻だからです」
旦那が褒められて、喜ばない妻はいない。
晴が好きだから、美月は晴を褒められて嬉しくなった。
「私の旦那は凄い人なんだって、そんな風に胸を張れるんです」
晴の評価は、美月のものでもあるのだ。
「貴方の評価は私のもの。そんな風に思えるんです」
「お前はジャイ〇ンか」
「ジャイ〇ンより可愛いです」
「当たり前だろ」
直球で返されて、少しだけ照れてしまった。
「照れんな」
「今のは晴さんが悪いです」
「俺は何も悪くないだろ」
「むぅ。分からず屋」
美月の女心が相変わらず分からない執筆バカ。でも、そんな彼が好き。
「(貴方は私のものですから。貴方のものは私のものなんですよ)」
夫婦とは財産を共有するもの。ならば、晴の称賛だって美月のもの。
こんな感情は、きっと晴とでなければ味わえなかったから。
「私、晴さんの妻になれてよかったです」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃありません」
晴は自嘲したが、美月にとって晴は誇らしい旦那なのだ。
けれど、やっぱり晴は否定した。
「大袈裟だ。俺は、執筆することしかない執筆バカだからな」
「まだ言う」
「いいから一通り聞け」
それから晴はふ、と微笑みを美月に向けると、
「俺が誰かに誇らしく思えてもらえるのは、お前が支えてくれるからだ」
「――っ」
「俺が誰かに誇らしく思えてもらえるよう、これからも俺を支えてくれ」
向けられる、信頼の双眸。
その想いに応えなければ妻ではないから。
美月はやれやれと嘆息すると、
「仕方がないですね。晴さんがいつも万全に執筆できるよう、私がこれからも支えてあげます」
「あぁ。そうしてくれ」
手を握りながら、誓い合った。
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