第56話 『 生まれて初めて女子と友達になれたっ 』
晴には申し訳ないと思いつつも、優越感に負けてしまった美月。
そんな妻の欲求を肯定してくれるのは、それまであまり接点がなかったクラスメイトだった。
「まさか瀬戸さんがハル先生と結婚してたとは……驚いちゃったよ」
「あはは。まぁ、誰にも教えてないしね」
帰り道。いまだ驚きの余韻に浸る金城に美月は苦笑を浮かべる。
ファミレスではつい欲求を優先してしまったが、現実的に考えればこれは自分たちの首を絞めているのだと気付く。
いっそバレてしまえば気兼ねなく甘い時間を送れるものの、晴の小説人生を支えると決めたのでこの秘密が世間に露呈されるのはマズい。(本人が気にしていなければいい気もするが)
ようやく危機感を覚えると、美月は顔の前で手を合わせた。
「金城くん。このことはどうか他言無用でお願いします!」
「あ、うん。いいよ」
懇願すれば、金城はあっさり承諾してくれた。
「どうしてそんなに簡単に肯定してくれるの?」
「瀬戸さんは僕をどんな人だと思ってるんだい?」
少なくとも害はなそうな男子だ。雰囲気はどことなく晴に似ている。
「いつもクラスの端にいる大人しい同級生、かな」
「うっ。全くもってその通りなんだけど、事実を突きつけられると心を抉られるね」
胸の辺りに痛みを覚えるように呻く金城に、美月は慌てて「ごめんね」と謝る。
気にしないで、と金城は苦笑を浮かべながら、
「もう気付いてると思うけど、僕は人付き合いが苦手なんだ。人と話すと緊張して、上手く喋れなくなっちゃうんだ」
「そうなんだ……」
「うん」
どうやら、金城は今日、勇気を振り絞って美月に声を掛けてくれたらしい。
「(私に好意を持ってる訳でもないみたいだし、こうして秘密にしてくれるからそのお礼くらいはしたいな)」
これがお礼かは分からないが、美月ははにかむと金城に手を指し伸ばした。
「それじゃあ、私と友達になろうか」
「えっ⁉」
そう提案したら、金城が途端に硬直した。
驚く金城に、美月は真っ直ぐに双眸を見つめながら言う。
「私が金城くんに秘密を打ち明けたのは、金城くんが晴さんのファンだって教えてくれたからなんだ。嬉しかった」
晴が褒められれば、美月も嬉しい。
「金城くんが悪い人じゃないっていうのは、今日話しただけで伝わったから。キミになら私の秘密を教えてもいいと思ったんだ」
学校で自分だけ秘密を隠しているのは、思いのほか息が詰まった。でも今日、ほんのちょっぴり楽になれた。
それがどうしてかは、言わずとも分かるから。
「だから、金城くん。私の秘密を共有する人として、ううん。そうじゃなくても、友達になってくれないかな?」
「え、ええと……」
手を差し伸ばせば、金城は唖然としていた。
数秒。金城は戸惑いを続ければ、手を握るのではなくバッ、と勢いがなるほど頭を下げて、
「ここ……こちらこそよろしくお願いします!」
と頭を下げて応じてくれた。
大仰な金城に、美月はふふ、と微笑みを溢すと、
「そんなに畏まらないでいいよ。これからは友達なんだから」
「はい! いいえ⁉」
まだ混乱している金城に、美月は「もう」と呆れる。
柔和な微笑みに「天使やぁ」という感想を呟かれながら、美月はぺこりと頭を下げると、
「これからよろしくね、金城くん」
「はいっ……瀬戸さん!」
金城が破顔を魅せてくれて、美月は大袈裟だなぁ、と胸中で呟く。
これほどまで男子に喜ばれると新鮮で、存外悪い気もしない。
密かに悦に浸っていると、金城の小声が聞こえた。
「生まれて初めて女子と友達になれた……っ」
「(虚しっ⁉)」
なんだか物凄く悲しいエピソードを聞いてしまった気がして申し訳なくなる。今度、千鶴と可憐も紹介してあげよう。
美月の友達は優しいからすぐに金城とも打ち解けてくれるだろう。だが美月はそれが根暗ボッチ男子には高過ぎるハードルという事をまだ知らなかった。
金城がクラスの注目を浴びるのはまた別の話として、
「そうだ。瀬戸さんのこと、なんて呼べばいいのかな?」
「ん?」
眉根を寄せれば、金城が続けた。
「ほら、瀬戸さんてハル先生と結婚してるんでしょ。となると苗字も変わってるはずだよね? あれ、でも学校じゃまだ【瀬戸】だったような……」
「うん。学校にも事情を説明して、残りの学校生活はこのまま【瀬戸】で通うことになってるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、僕も変わらず瀬戸さんでいいかな?」
うん、と頷く直前、美月の脳裏にある邪な思考が過った。
「……ねぇ、金城くん。試しに〝八雲〟って呼んでみてくれない?」
「え、どうして…」
「いいから」
有無を言わさぬ圧で促せば、金城は「はいっ」と敬礼した。
コホン、と咳払いしてから、金城は美月の要求に応じる。
「八雲さん」
「もう一回」
「え、や、八雲さん?」
「もう一回」
「何回やるの⁉ 八雲さん⁉」
「たっはぁぁぁぁぁ」
頬がにやけるのを堪え切れず、そして体の内側から言葉では表現できない悦びが迸る。
――今凄く、晴の妻だと実感できている⁉
「(たまらん⁉)」
美月の知り合いは全員下の名前か旧姓で呼ぶので、こうして晴の苗字で呼ばれるのは新鮮だった。だから、何度もリピートさせてしまった。
「うふふ。……むふふぅ。はぁ……たまらん」
八雲と呼ばれただけでテンションが舞い上がってしまった美月を、金城はというと、
「瀬戸さんてこんな人だったんだ……」
呆気に取られながら見守っていたのだった。
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