第46話 『 もしかして、やっちゃいました? 』
かくして始まった文佳の取材だが、美月はまだ状況を上手く飲み込めておらず、肩に力が入っている様子だった。
「ええと、私なんかの話が本当に小説づくりの参考になるでしょうか?」
「変に身構えなくていい。思ったことを話してくれればいいから」
「ハル先生の言う通りです。奥様はハル先生のことだけを! それだけ話してくれればいいですから」
「おく……あの、美月と呼んでいただけると助かります」
なんだその恥じらいは。不覚にもちょっとかわいく思えてしまったではないか。
んん、と誤魔化すように咳払いしてから、
「分かりました。では、美月さん」
「……はい」
強引に引っ張り出された美月がまだ空気に馴染めず気圧されているが、文佳はメモ用紙とペンを片手に質問を始めた。
「まず、初めにもの凄く失礼なことをお伺いしますが、美月さんは何歳ですか?」
それが気になって仕方がなくて、初めの質問にそれを選んでしまった。
女性なら抵抗ある質問も、美月は嫌な顔を一切せずに答えてくれた。
「十六歳です」
「なるほど十六歳ですか……え十六⁉」
一度飲み込みかけた答えが、しかし途中で逆流した。
「じょ、冗談ですよね……?」
「いえ、本当です」
美月ではなく、晴が答えた。美月はあはは、と苦笑していて、晴はというと冷や汗を流している。
混乱している頭でもう一度、その事実を反芻する。
十六歳。つまり未成年。即ち、女子高生か。
「ええと、それじゃあ美月さんは現役の女子高生ですか?」
「はい。高校生です」
こくり、と頷いた美月。
そして文佳は目を剥いて晴に振り向く。
「ハル先生⁉」
「言いたいことは分かります。でも、一度その感情を飲み込んでください」
「いや……でも、うえぇ」
文佳が混乱しているのも承知だというように、晴は冷静になって欲しいと懇願する。しかし、そんな事実に直面されれば冷静さなど保てるはずもない。
こめかみを抑えながら、文佳は声を振り絞った。
「もしかしてハル先生……やっちゃいました?」
偶然街中で出会った少女と誘惑に負けて一夜を共にしてしまった。そして妊娠させてしまって、責任を取る形で結婚したのではないか、とそんな畏怖が脳裏に浮かび上がる。
この推測が仮に事実だとするならば、スキャンダルどころではないが――しかし、そんな文佳の負の思考を晴が慄然とした眦で否定した。
「四条さんが考えているような事はしてませんよ。自分たちの意思で結婚しましたから。すでに妻の母親にも俺の意思は伝えてありますし、今後についての約束もしてますから」
「はい。晴さんはとても誠実な方です。なので、四条さんが抱いている不安は杞憂です」
だから安心してください、と言われても、まったく安心できない。色んな意味で。
しかし、文佳はその奔流を飲み込むと、
「分かりました。そこはお二人を信じます」
懸念は拭えないものの、ひとまずは二人の言葉と目を信じる事にした。
「では、次の質問をしていきますね」
――それから、四十分にも及ぶ四条文佳による取材――ではなく事情聴取が行われたのだった。
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