第42話 『 えええええええええええ⁉ 』
遡ること一週間前。
「ふぅ」
四条文佳は去年出版社に入社した新米の編集者だ。
年齢は二十五歳。出版社に入社したのは約三年前で、一年間は研修と先輩編集者の元で仕事を学んでいたが、二年目になってついに編集者として初めての担当を任された。
初めの一年こそ失敗続きだったものの、今は少しずつミスも減って仕事をこなせている実感と充実感を覚えていた。
三年目となると作業にもだいぶ慣れて、先輩からは「そろそろ二人担当してもいいかもな」と期待も掛けられている。
そんな期待の新米編集者――四条文佳は今日も仕事に邁進していた。
「ハル先生、今回もばっちり面白いものを上げてくれたなー」
文佳は現在担当している作家から送られた原稿の確認を終えると、んー、と腕を伸ばした。
文佳が現在担当しているのはラブコメ作家『ハル』だ。そして、ハルは文佳が恋慕する相手でもある。
元々ラノベ好きな文佳だったが、一番好きなのはハルの小説だと強く言えた。数々の作品の中でも特に処女作、『微熱に浮かされるキミと』が好きだった。この作品は、かつて超有名な小説投稿サイトのネットランキングで一位を獲得する程の人気を誇っており、そして未だなお定期的に週間ランキングに乗るほど多くの読者を魅了している。
尊敬に値する小説家の担当者になれただけでも昇天しそうだったのだが、実在の八雲晴もこれまた乙女心を鮮明に描写する作家に相応しい紳士的な男性だった。
連絡が遅れても『問題ないですよ』と編集者側を気遣ってくれて、発売日が自分のミスのせいで遅れても『気にしないでください』と普通なら土下座案件も見過ごしてくれた。
さらにはこんなダメダメな新米にも関わらず、晴は『そんな気張らなくてもいいですよ。これからは一緒に仕事していくんですから。頑張りましょう。頼りにしてます』と激励もくれた。
簡潔に言おう。惚れたのだ。
紳士な男性には女は惚れる運命なのだ。異論は認めない。
そんな訳でいつかはこの恋情もハルに伝えたいのだが、中々その機会に恵まれずに今日も悶々とした日々を過ごしている訳なのだが。
「あ、ハル先生からメールだ」
ディスクトップのメールアイコンに一件の通知が入り、即座にチェックすれば丁度思いを馳せていた晴からのメールだった。
「なんだろ」
件名には【ご報告】とだけ書かれていて、文佳は無性に気になって逸る気持ちでマウスをクリックした。
カチカチ、とカーソルを合わせてクリックする。
そして開かれたメール。その報告内容に――文佳の思考が停まった。
【この度、私、八雲晴は結婚致しました】
「――ぇ」
ぱちぱち、と目が瞬く。
数秒。数十秒。時が止まった感覚を味わうと、何度もパソコンの文面を確認した。ガシッ、とパソコンを両手で掴んで、凝視する。それこそ、目に焼き付ける程に。
「け、結婚? え、えっ、ええ⁉ 誰が誰と⁉ ――――結婚⁉」
そしてようやく停止した思考が文面の内容を把握すれば、文佳は職場にも関わらず、
「えええええええええええええええええええええええええええええ⁉」
唐突すぎる結婚報告と自分の恋の呆気ない終わりに、絶叫せずにはいられなかった。
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