第41話 『 少し過保護では? 』
夜。
「……晴さん」
「よ」
軽く手を振る晴に、美月は驚いたように目を瞬かせる。無理もない。何の連絡も入れずに美月を迎えに来てしまったのだから。
案の定、美月は「え、え?」と困惑していた。
「どうしてchiffonに? あ、もしかして何か忘れ物ですか?」
「んな訳あるか。お前を迎えに来たんだよ」
晴が定期的にchiffonに通うようになったのは美月も既知しているので、慌てて店内に戻ろうとする後ろ姿に呆れながら答えた。すると、美月はまたも驚愕した。
「なんでですか⁉」
「なんでって……防犯だよ」
「防犯……あ」
晴の言葉に、美月はすぐに思い当たる節を見つけたらしい反応を見せる。
「この間のことがあったばかりだ。しばらくは迎えに来る」
「そんな、わざわざ来なくていいですよ。晴さんだって予定があるでしょう」
「原稿やる以外にすることあんま思いつかない」
自嘲気味に言って、それから、と続けた。
「さすがに高校生のお前を放ってはおけない。文句があろうと今回ばかりは受け付けないからな」
もし、また美月に何かあれば華に申し訳が立たない。美月と心配とゲームなら、優先は必然と前者になる。なので、出来れば美月には素直に頷いて欲しかった。
「晴さん、少し過保護では?」
「過保護でもなんでもいいから、早く帰るぞ」
まだ躊躇いをみせる美月の手を無理矢理握れば、あ、と声が零れた。
強引に手を引っ張って歩き出せば、美月は顔を俯かせながら呟く。
「迎えに来てくれるのは嬉しいですけど、やっぱり申し訳ないです」
「まだ言うか」
ジト目を向ければ、美月は視線を逸らした。
「お前は俺の心配より自分の心配をしろ」
「してますよ。前よりも警戒心強めて夜道は歩いてます」
いつでもブザーを鳴らす体勢で歩いてますから、とバッグに掛けられた防犯ブザーを見せつけながら言うも、やはり説得力がない。
「お前は確かにしっかりしているが、だからといって安心する理由にはならない」
美月だって、女の子なのだ。女性ではなく、十六歳の女の子。
未成年の子どもに、大人の晴がしてあげられるのは、精々ボディガードくらい。
「盾としては頼りないが、俺と一緒にいれば男除けにはなるだろ」
「……そうですね」
ようやく晴の意見を受け入れる気になったのか、美月が手を強く握り返した。
それから、美月はふふ、と微笑を溢すと、
「自分で頼りないって言いますか、普通」
「こんな細い腕で闘えると思ったか?」
「自慢げに言わないでください。なら、筋トレとかしてみては?」
「疲れるからやだ」
「貴方という人は」
淡泊に答えれば、美月が嘆息した。
「でも、私のことを心配してくれるのは嬉しいです」
「嫁なんだから当たり前だ」
「じゃあ、もし嫁じゃなかったら迎えには来なかったんですか?」
「んな訳あるか。お前が嫁であろうとなかろうと、迎えに来る」
美月には、もうあんな怖い思いをさせたくなかった。それは晴個人のワガママか、大人としての見解か、あるいは、旦那としての矜持なのか。
どんな理由であれ、美月は守らねばならない。
自分らしくないなと思いつつも、晴は美月に視線を向ける。
「で、次のバイトはいつだ?」
「明日もあります」
「うわ、明日もあるのか」
「あ、今面倒だって思ったでしょう?」
「……思ってない」
追及する視線に、晴は露骨に視線を逸らす。つい本音がぽろりと零れてしまったが、それでも、美月の安全と面倒なのを天秤に掛ければ、やはり前者に傾く。
「迎えに来てくれるのは嬉しいですけど、本当に仕事の予定は大丈夫なんですか?」
「当然だ。プロを舐めるな」
澄ました顔で言えば、美月は「はいはい」と薄く笑った。
「それに今週は詰まった予定もないしな。先週は脱稿ギリギリだったが」
「じゃあ、今週はゆっくりできるんですか?」
「だからといって原稿書く手は緩めない。下手に休むと手が狂う」
「晴さんは執筆バカと思ってましたが、もしかしてストイックなんでしょうか?」
「どうだろうな。ただ執筆しないと死ぬ体なだけだ」
「じゃあ前者ですね」
美月が呆れたように肩を落とした。
「はぁ、貴方の健康を管理するのがこんなに大変だとは」
「嘆くな。これでも休もうと努力はしてる」
「書かない努力もするべきでは?」
「それは無理だ。書いてないと体がむずむずする」
「もう病気ですね」
「だな」
美月の言葉に、晴はつい苦笑してしまった。
美月が度々口にする〝執筆病〟という言葉。そんな病気はこの世には存在しないが、言い得て妙だと晴は気に入っている。
そんな執筆病の晴を健気に看病してくれている美月に内心感謝と申し訳なさを覚えつつも、晴はとある予定を思い出した。
「そうだ、お前、今週の土曜日予定空いてるか?」
「土曜日ですか……その日は何もありませんけど」
模試もなければバイトもないそうで、美月は一日フリーだそうだ。
確認を取れば、突然美月は「ハッ⁉」と目を見開いて、
「もしかしてデー……」
「土曜日俺の担当者が来るんだ。次の新刊の会議するから、お前の予定聞いておきたくてな」
美月が何か言おうとしたが声が被ってしまい、うまく聞き取れなかった。ただ、歓喜の表情から一転、どん底に落ちたような暗い顔をしていた。
「女心を持て遊ぶ悪鬼、許すまじ」
「何ぶつぶつ言ってんだ?」
眉根を寄せれば、美月は「なんでもありませんっ」とそっぽを向いてしまった。
なぜ急に不機嫌になったのか理由は分からないが、このまま不機嫌が続くのも嫌だったので、
「コンビニ寄ってくか。お前の好きなスイーツなんでも買ってやる」
「そんなことで機嫌と取れるとでも思ってるんですか?」
「じゃあ買わない」
「嘘です嘘! ありがとうございます!」
今度は晴がそっぽを向けば、美月があわあわとし出した。
やっぱりスイーツの魅力には敵わない美月に、晴は苦笑を溢すと、
「少しは素直になることだな」
「むぅ、その言葉、そっくりそのままお返しします」
「俺は素直だ」
「嘘おっしゃい」
「嘘じゃない」
下らない主張で睨めっこしながら、晴と美月は月夜の道を歩いていく――。
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