第22話 『 私のこと気に入ってるのかな、と 』


 厄介な奴が家に入って来たので、晴は堪らず不機嫌になる。

 しかし、そんな晴を気にもせず慎は美月と楽しそうに会話を弾ませていた。


「へぇ、美月ちゃんて月波の学生なんだ。あそこの制服可愛いよねぇ」

「ふふ。そうなんですよ。月波に進学した理由はそれもあるんです」


 それは晴も初耳だ。


「美月ちゃんて得意科目なに?」

「数学です」

「数学かぁ。俺は数学苦手だったな」

「慎さんは何が得意だったんですか?」

「俺は国語と歴史」

「ふふ。小説家らしいですね」


 慎の得意科目も、美月の得意科目も初めて聞いた。


「あはは。必ずしも小説家=文系が得意とは関わらないけどね。理系が得意で、それを作品に落とし込んでる人いるし」


 な、晴と話題を振られて、一瞥すれば、


「あぁ。俺の先輩でも、理系の大学を卒業して書いてる人いる」

「まぁ、小説なんて結局面白きゃなんでもありって事」


 慎の言葉は最も単純で、最も簡潔している。晴も胸中でそうだな、と頷いた。


「興味あれば美月ちゃんも書いてみれば?」

「えぇ。私はいいです」

「そっか。でも、もし興味が出たら書いてみるといいよ。せっかく先生が近くにいるんだしね」

「それで俺を見るな」

「婚約者だろ」

「だからといって教える理由にはならない」


 淡泊に突き返しても、慎は全く気にした様子はない。それどころか、


「と口では言っても、たぶん美月ちゃんのお願いだったら晴は聞いてくれるよ」

「そうでしょうか」


 その小声はしっかり晴にも聞こえている。

 苦笑する美月に、慎はちらっ、と晴を一瞥してから言った。


「うん。だって晴。美月ちゃんの事気に入っているから」

「…………」


 美月が慎から視線を外して、紫紺の瞳をぱちぱちさせながら見てきた。


「んだよ」

「いえ……晴さん、私のこと気に入ってるのかな、と」

「慎が言うならそうだろ」


 素っ気なく返せば、慎が楽しそうに「だめだぞ晴」と叱責してきた。


「お前の口からちゃんと伝えないと~」

「(こいつまじうぜぇぇ)」


 昨日の話がまさかこんな形で自分に牙を剥いてくるとは思いもしなかった。

 慎に苛立ちつつも、晴はため息を吐くと、


「そうだな。俺はお前の事を気に入ってる」


 隠しても意味ないし、こういうのは躊躇った方が余計に事態がこじれると理解して素直に告げた。


 すると、


「あ、ありがとうございます。その……はい、嬉しいです」


 美月が照れたように顔を朱に染めて、ぎこちなく感謝を伝えた。

 晴もなんだかむず痒くなってしまう。


「あまぇ!」

「そうさせたのはお前だろうが」


 晴と美月の様子を、こんな空気にさせた張本人がにやけながら眺めていた。


「晴がしっかり美月ちゃんと同棲できてるか不安だったけど、この様子だと上手くいってるみたいだな」

「なんでお前が気にするんだ」

「そりゃお前の生活を前まで面倒見てたのは俺だからな」


 だから知る権利は俺にはある、と慎は反論を封じ込めた。


「晴の事で不満があったらなんでも言ってね。美月ちゃん」

「ありがとうございます。相談させてもらいますね」

「そうだ。ならRAIN交換しようよ」

「いいですよ」


 さすがは陽キャの慎だ。出会って間もない女子高生(しかも人の婚約者)のメールアドレスを自然な流れで聞き出した。それに素直に応じる美月も危機感が足りないと思ったが、彼女のプライベートを縛る権利は晴にはないので止めはしなかった。


「自分の婚約者が他の男と連絡先交換しているというのに、この男は」

「あはは。まぁ、晴さんですから」

「もう晴の性格を熟知してる。苦労してるんだね、美月ちゃん」

「慣れました」


 なんか不服な会話をされている気がした。

 まぁどうでもいいか、と一蹴してスマホに意識を向けた瞬間だった。

 あーあ、と慎が声を上げた。


「喉乾いたな。晴」

「なら私が……」


 美月の言葉が途中で遮られた。

 慎がなぜ名指しで言ってきたのかが理解できないでいると、


「晴、なんか買ってきて」

「冷蔵庫にあるもので我慢しろ」

「何があるの?」

「知らん」

「じゃあコーラ買ってきて。あとお菓子も」

「なんで家主が行くんだよ」

「むしろ美月ちゃんに行かせるというのか、晴は」


 ちょこん、と座る美月をみれば慎の身勝手な要望に突き合わせるのが申し訳なく思えた。 


 晴は「くそ」と舌打ちすると、


「一応言うが、そいつに変な事するなよ」

「しないって。友人の婚約者だもん」

「したらお前の息子切るからな」

「怖えよ⁉」


 息子の意味を知らない美月は小首を傾げているが、男である慎は戦々恐々とした。

 大きなため息を吐けば、晴はソファーから立ち上がる。


「すぐ戻る」

「はい。気を付けてくださいね」

「……どちらかというとお前が気を付けたほうがいいが」

「? 何か言いました?」

「何も」


 ぶっきらぼうに言って、晴はリビングを出て行く。

 財布を持って外に出れば、胸にはざわつきが広がって。


「……なんであいつと慎を一緒にさせたくないんだ?」


 どうしてか、このドアノブから手を離すのを躊躇った。

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