第21話 『 先っちょ、先っちょだけだから 』


「よ」

「帰れ」


 玄関前で陽気な挨拶する慎に向かって、晴は辛辣に返した。


「連絡もよこさず来るとはどういう了見だ」

「さぷら~いず」

「嘘吐け。お前の魂胆なんか分かってるんだよ」


 この間の書店での晴の言葉を思い出して、すぐに見当がついた。


「話が早くて助かる」

「帰れ」

「もう来ちゃった」


 帰る気がない事を悟って、ならば強制的に帰宅を願おうと扉を閉じようとすれば足をねじ込まれた。


「酷いぞ晴。前は文句言わずに開けてくれたじゃん。合鍵だってくれただろ」

「今は事情が違う。あと鍵返せ」

「知ってる。だから来た。それとはいこれ合鍵」


 足はそのまま、慎はポケットから晴の部屋の合鍵を取り出す。それを受け取れば、今度は晴がポケットにしまった。


「用が済んだら帰れ」

「まだ俺の用事は済んでないんだな~。遊ぼうぜ」

「なら準備するから待ってろ」

「晴の家で遊ぼうぜ」

「嫌だ」

「じゃあ今中に居るってことだ」


 鋭い。


 慎が連絡もせずに来た理由は、十中八九美月が見たいからだろう。そして、本人はそれを微塵も隠す気がない。


「一瞬だけ、見せて」

「ならあとで写真送ってやる。だから帰れ」

「せっかく近くにいるんだから生でみたい」

「絶対やだ」

「なんでだよ」


 それは晴も分からない。でも、無性に慎と美月を会わせたくなかった。


「お前はあいつに変な事を吹き込む可能性がある。だから嫌だ」

「何しないから、だからいいだろ。先っちょ、先っちょだけ」

「それ一番信用ない約束だからな?」


 その約束を守った男を晴は知らない。


「は~る~」

「か・え・れっ」


 玄関で攻防していると、さすがに異変を感じたのだろう。後ろから足音が聞こえた。


「もう。玄関で何やってるんですか」


 と晴を咎める声に、慎の目が怪しく光る。


「もしかして婚約者さん⁉ お願いがあるんだけど晴どかしてくれない⁉」


 大声で美月に向かって言う慎に、晴は舌打ちした。


「絶対にこいつを中に入れたくない。だからお前は引っ込んでろ」

「ええと、私はどちらの意見に従えばいいのでしょうか」

「俺に決まってるだろっ」


 家の家主で美月の婚約者は晴のだから、美月が従うのは眼前の女子高生目当ての不審者ではなく晴だ。


「はぁ。いつまでも玄関前で揉め事を続けられては隣人から変な人と思われてしまいますね」


 とため息を吐いた美月が取った行動は、


「えい」

「あ、おいっ」


 後ろから腕を回してきて、晴を引っ張った。

 婚約者の裏切りに驚愕する晴など目もくれず、美月は扉のロックを解錠すると、


「どうぞ入ってください」

「ありがと~」


 扉を開いて、慎を中に入れた。

 それから慎は美月に体を向けると、


「初めまして、浅川慎です。晴の友達で、同じ出版社で本出してます」

「初めまして、瀬戸美月と言います。一応、晴さんの婚約者です」


 丁寧に挨拶した慎に、美月も丁寧に返した。

 そんな二人を、家主である晴は機嫌悪く眺めていた。


「なんでこいつ中に入れた」


 不満を露わに睨めば、美月は視線を慎から晴に移した。


「エントランスで呼び出しもなく入ってこれた時点で晴さんの関係者ですし、二人のやり取りを聞いていれば家族か友達であると考えるのは容易ですよ」

「だからって、お前にとって慎は初対面だろ」

「私が信じたのは慎さんではなく、晴さんですよ」


 美月の言葉に晴は目を丸くすれば、美月は続けた。


「晴さんの事でしょうから、合鍵を渡す人はよほど信用している人でしょう」


 合鍵は三本。一つは家主の晴。二つ目は婚約者である美月。残りは必然と選択肢が絞られる。美月は晴の用心深い性格を鑑みて答えたのだ。


 そんな美月の答えに一番驚愕していたのは、晴ではなく慎だった。


 驚愕というより、感動していた。


「まさか俺が晴に信用されていたとはっ! あれ、なんだこの感情。俺いま凄い嬉しいかも⁉ 涙も出てきちゃった」


 人知れず感動に打ち震えている慎に、晴は引いて美月は頬を引きつらせていた。


「慎さんにどんな扱いしてたんですか、貴方」

「べつに普通だが……そんな目で俺を見るな」


 素っ気なく返せば、なぜか美月に汚物でも見るかのような形相と軽蔑の視線を向けられた。

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