第18話 『 にらめっこのつもりですか? 』
――軽食後。
「おい」
「なんでしょうか」
顔を顰めれば、美月は何食わぬ顔を貫いた。
「なんでしょうか、じゃねぇよ。なんで俺の前にずっといるんだ」
ソファでくつろぐ晴の股の間に、じぃ、と見つめてくる美月に向かって問いかければ、
「貴方が執筆しないか監視してるんです」
「今日はもうしないって言っただろ」
先程のやり取りで晴は美月と約束してしまったので、執筆衝動は堪えている。
今は美月の言う通り休んでいるのだが、それも監視付であれば休息している気がしないし読書の気が散る。
「もしかして今日はずっと俺を監視してるつもりか?」
「そのつもりですよ」
「暇な奴だな。課題は?」
「ありません」
「月並って進学校だよな?」
えぇ、と短く肯定する美月に、晴は小首を傾げた。
「普通、進学校なら休日は確実に課題があると思うが?」
「既に終わってるのでありません。課題は出された日に済ませました」
「そういう意味か」
美月の言葉に晴は思わず苦笑した。家事だけでなく、どうやら勉強の方も優等生らしい。
「平日学校にバイト、加えて家事。お前の方が休んだ方が良いだろ」
「休日はちゃんと休んでるじゃなないですか」
「バイトは?」
「今日はお休みです。明日はお昼から夕方までありますけど」
「なおさら俺に構わず休めよ」
「貴方を構うくらいで生活に支障はきたしませんし、それに、毎日気を張っている訳じゃありませんから」
だから監視を続けます、と美月は晴を凝視してくる。
これは何を言ってもだと悟って、晴は嘆息した。
「俺を監視して楽しいか」
「楽しくはありませんが、意外と面白いですよ」
「何が面白いんだよ」
「ちらちらと私が気になって見てくるところとか」
「目の前に人がいるんだから気になるのは当たり前だろ」
ふふ、と笑う美月に晴は辟易としてしまう。
美月が、まるでご主人に構って欲しくて邪魔をしてくる犬に見えて仕方がなかった。
あの手でこの手で主人の邪魔をして、自分の存在感を示してくる動物だ、美月は。
「お前は俺に構って欲しいの?」
「そういう訳じゃありません」
思っていた事を声にすれば、真顔で否定された。
けれど、美月はふむ、と一考してから言った。
「構って欲しい訳ではありませんが、貴方の顔を見ているのは好きです」
「なんで?」
こんな幸の薄い顔のどこに好きになる要素があるのか甚だ理解できなかった。
「晴さん、自分が思っているより整った顔立ちしてますよ」
「ふーん」
「嬉しくないんですか?」
「自分の顔に興味ない」
「貴方ってそういう人ですよね」
晴の回答を予想していたのか、美月が呆れもせず淡泊に返した。
益体のない話だ、と見限りをつけて視線を本に戻しても、やはり美月の存在が気になって仕方がない。
はぁ、とため息を吐くと、
「……なんですか?」
「べつに」
眉尻を下げる美月に、晴は素っ気なく返した。
そんな晴に、美月は目を細めて、
「ならなんで、私をジッと見つめてくるんですか?」
「お前と同じ事をしてやろうと思って」
淡泊に言って、晴は美月を見続ける。
お互いに無言のまま、ジーっと顔を見続けた。
「にらめっこのつもりですか?」
「そのつもりはない」
「なら早く視線外してくださいよ」
「お前が外せ」
む、とお互い頬を膨らませる。
「……何か賭けるか」
「子どもですね」
「お前が勝ったら駅前のケーキ屋のシュークリーム奢ってやる」
「乗りました」
甘い誘惑に負けた美月がこの下らない勝負に乗って来た。
大人びてはいるが甘い物が好きな所は年相応だな、と美月の垣間見えた子どもらしさに微笑を溢すと、
「なら、晴さんが勝ったら私は何をしましょうか?」
「別に何もしなくていいぞ」
晴から吹っ掛けた勝負なので、美月が何か用意する必要はない。
けれど美月は「それじゃあフェアじゃありません」と口を尖らせた。
見つめたまま思案する美月は、たっぷり時間を掛けてから「あ」と声を上げた。
「なら、貴方が勝ったら私がなんでもしてあげます」
「なんでもって?」
「なんでもいいですよ。肩もみとか、小説の参考資料にしたりとか」
「エロい事もか?」
美月の言葉を遮って問いかければ、美月の顔が赤くなった。
恥ずかしくなって視線を逸らせば晴の勝ち、美月がそういう事に初心な反応を見せるのを利用して早期決着を着けようとすれば、晴の思惑通り美月の視線が羞恥心で逸れようとする。
しかし、視線が落ちる寸前に美月がハッと我に返って、顔を真っ赤にしながらも視線が真っ直ぐのままとどまった。
ごく、と生唾を飲み込む音がすれば、
「……いいですよ」
「バカかお前はっ」
挑発するような嘲笑を浮かべる美月に、晴は大仰にため息を吐いた。
そして、ふと気づく。
視線が、美月から逸れている事に。
「くっそ」
仕掛けて、カウンターを喰らってしまった。
してやられたと、頭を抱える晴に、美月は顔を真っ赤にしながら、
「私の勝ちですね」
と勝ち誇ったように言ったのだった。
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