番外編 『 夫婦の日常 part1 』
「晴さん。お部屋の掃除なんですけど、あの段ボールはなんですか」
ホコリ取りを片手の美月が訝るような視線を送ってきて、晴は「あー」と喉を鳴らす。
「買ったけど開けてないフィギュアとかプラモとか」
「晴さんでもそういうの買うんですね」
「アニメはわりと見るからな」
「衝動買い、ってやつですか?」
「どうだろ。計画的に買ってるから衝動買いとは言わないと思うぞ」
執筆バカではあるが、慎と秋葉原に行った時に色々と買う。
が、癖と言えばいいのか、開けても放置してしまって結果、買った物を段ボールに詰めてしまう。
どうやら美月は掃除の最中にそれを発見したようで、怒ってはないが納得いっていないご様子である。
「べつに晴さんが稼いで買った物ですから文句はいいませんけど、買ったまま開けないのはどうかと思いますよ」
至極真っ当な意見に、晴は二の句が継げない。
「癖になってんだ。買ったまま開けないの」
暗殺一家の三男みたいな口調で言えば美月に呆れられた。
「そういうのいいですから。きちんと整理整頓してください」
「段ボールに入ってるから整理整頓されてるだろ」
「それは整理整頓ではなく詰め込んだというんです。まったく」
腰に手を置いく美月がなんとも母親のようだった。もっとも晴の母親はこんなに世話好きではないが。
「段ボールの中の物、勝手に触っていいんですか?」
「構わんが、何が入ってるか分からない」
「中に爆弾でも入ってるんですか」
面白い冗談だ、と鼻で笑いつつ、
「成人向けゲームならいくつかあるかもな」
「今の話を聞いて開けづらくなりました」
美月が頬を赤くした。
高校生にしては随分と初心な反応を示す美月に苦笑を浮かべれば、晴はぽん、と手を叩いた。
「中身に何があるか覚えてないし、どうせなら一緒に整頓するか」
「いいんですか、私が触っても」
「私物に触るな、なんて一言も言ってないだろ。お前さえよければ、だが」
「やります。楽しそうなので」
どうやら美月もそれなりに段ボールの中身は気になるようだった。
まるでこれからお宝探しでも始まるかのような雰囲気だが、確かに中身はそれなりに価値のあるものが多かったはず。となると、その表現も当たらずとも遠からずだった。
上機嫌な美月を横目に、晴はお宝の眠る自部屋へと向かっていった。
▼△▼△▼▼
早速積み上げられた段ボールの一箱目を開ければ、中身はフィギュアやらアニメグッズでいっぱいだった。
「我ながらにすげぇ量だ」
「ホント、色々ありますねぇ」
二人で段ボールを覗き込んで、呆れと感心をそれぞれ吐き出す。
よ、と美月がフィギュアの箱を手に取った。
「あ、これ知ってます。海賊のアニメですよね」
美月がキラキラとした目で見ていた。
「意外、お前アニメ見るんだな」
「アニメ好きですよ」
そういえば美月はラノベ好きだったなと思い出す。まぁ、ラノベ好き=アニメ好きとは限らないが。
聞けば美月もそれなりにアニメはよく見るそうで、今手にしているアニメキャラにも詳しかった。
このフィギュアの魅力は、麦わら帽子を被っているキャラが修行で新たな力を手に入れた力と技を放つワンシーンが造形されている所だ。たしか値段は特価で五千円以下だったはず。
「これ、カッコいいですよね。買う気持ちも分からなくないです」
「これの良さが分かるとか、俺がお前と同じ高校通ってたら間違いなく好きになってたぞ」
オタクに理解のある女子というだけで十点満点の十点をあげたくなった。
アニメ好きな女の子は当然だが沢山いる。が、美月のように、それなりに知識があってなおかつ相手の趣向に理解を示してくれる子は中々いない。
もし晴が美月と同じ高校に通っていたら、その懐の大きさに惚れていただろう。というか、現に美月と同じ高校に通っている現男子高校生でオタクな彼らは美月に好意を抱いているに違いないだろう。
「悪いわなガキども。この女は今は俺のものだ」
「なに唐突に訳の分からない事を言ってるんですか」
大人げない晴に子どもの美月が厳しい視線を送ってくる。
晴に呆れつつフィギュアを床に置けば、美月は二つ目を手に取った。
「今度はプラモですか」
「安かったから買った。でもニッパー持ってないから作れなくて」
「じゃあ何のために買ったんですか」
「カッコよかったから」
「理由が幼稚ですね」
ちょうどその作品のロボットの設定が好きだったのでつい衝動買いしてしまったのだが、ニッパーを買ってない事に気付いて泣く泣く段ボールに仕舞った事を思い出した。買おうと思っているうちに、気付けば二年が経っていた。時とはなんとも無情に過ぎていくものだ。
同じ系譜のプラモを一通り取り出せば、一箱目は空になった。
「これまた仕舞うの面倒だな」
「フィギュアは余ってる棚に飾ればいいんじゃないですか?」
「これ、今調べたら価値上がってたから開けたくない」
「どれどれ……うえ⁉ こんなにするんですかこれ⁉」
「買った時は五千円切ってたんだけどな」
「はぁ……これはたしかに開けるの躊躇うのも納得ですね」
フィギュアと睨めっこする美月がそう呟いた。
とりあえず開けるのは保留にして、二箱目を確認する。
「こっちもフィギュアですか」
ただし中身は特撮ものだ。
「これ、全部高いんですよね」
「なんで知ってるんだ」
「この間ニュースでこの作品のフィギュアが盗難に遭っていた報道を見ました」
「さらりと怖い事言うのやめろよ。開けんの怖くなったわ」
「この家はセキュリティ万全でしょ」
「泥棒なんて窓ありゃ割って平気で入ってくるからな?」
「すぐにセキュリティ会社に緊急連絡が行きますよ」
あっけらかんと言う美月だが、晴はニュースのせいで段ボールから出す事すらも躊躇ってしまった。
「これも全部プレミアついてんだよなぁ」
「もうこの段ボールの山が宝の山に見えてきました」
「それな」
二人揃ってこれから開ける段ボールに怖気づきはじめたが、冒険には躊躇いがつきものだと次の段ボールを開けた。
「これは、ゲームソフトですか?」
段ボールの中身は、大量の未開封ゲームソフトだった。
美月が一つ手にとれば、興味深そうに眺めていた。
「これツイッチのソフトですよね。RPGものですか」
「やりたいのか?」
「興味はありますが、私ツイッチ持ってないんですよね」
残念そうに吐息する美月に、晴は「なら」と作業机に指を伸ばした。
「なら俺の貸してやるからやれよ」
「え、でも、晴さんのですよね」
遠慮する美月に、晴は「別に構わない」と素っ気なく返す。
「あんまやらないし、そもそもこの家にツイッチ二台あるからな」
「多くないですか? まぁ、リビングに一台置いてあるのは知ってますけど」
美月の言う通りリビングに一台、そして、もう一台は小型化されたものがある。そちらは晴専用だが、あまり使っていないので美月に貸すのは訳ない。
「だからやりたいゲームがあれば開けて勝手に遊んでくれ」
「えぇ、晴さんの買った物ですし、私が開けるのはちょっと」
「俺が買って開けてないんだから、結局宝の持ち腐れだろ。お前が遊んでくれた方が宝も喜ぶ」
「いいんでしょうか」
「所有者がいいって言ってるんだ。言葉に甘えろ」
ぶっきらぼうに言えば、美月はふふ、と微笑を溢した。
「貴方がそういうなら、遊ばせてもらいます」
「あぁ、好きなだけやってくれ」
お互いに微笑みを交わし合えば、美月は腰を浮かす――が、
「……その前に、こっちを片さないとですね」
頬を引きつらせる美月に、晴もこの部屋の散乱状態にため息をこぼす。
「だな。つーか、結局なんの為に段ボール引っ張りだしたんだ?」
掃除する為に引っ張りだしたのに、結局段ボールに戻してまた積み上げて元の木阿弥だった。
晴と美月、二人は苦笑しながら部屋の片づけを始めたのだった。
「うっ……やっぱり当然のようにありますね」
片付けをしている最中、段ボールの中身を覗いた美月が成人ものを見つけた。
そういえば美月はそういうジャンルには手を出したことがない、という事を思い出せば、
「どうせならこっちもやるか?」
「やりません⁉」
美月は顔を真っ赤にして首を横に振るのだった。
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