第12話 『 そうだ。慎に報告しよう 』
――翌日。
「……それで女子高校生と一緒に住み始めたとか、くくっ、お前まじですげぇな」
「笑うんじゃねえ」
カフェの一角で美月と同棲している件を伝えれば、慎は腹を抱えて笑った。そんな慎に晴はバツが悪くなってテーブルに肘をつく。
ひとしきり笑い終えた慎は目尻の涙を拭うと、
「はー。まさか、これまで恋愛した事がない奴が出会い系アプリ使った瞬間カノジョ通り越して嫁ゲットするとか、どこのフィクションだよ」
「残念ながら現実だ」
「ネットに上げれば広告に使ってくれるんじゃね?」
「めんどくせぇから絶対やだ。なんで俺がアプリの広告に使われなきゃならないんだ」
「いやいや。お前の今の話を取り上げたら絶対に利用者もっと増えるだろ」
くく、とまだ笑いを引きずりながら慎が言った。
慎の軽口を睥睨で抑制しつつ吐息すると、
「だいたい、ネットに上げる訳無いだろ」
「いやー。こういうのは割と早めに報告しておいた方がいいぞ。もしもの場合、ファンが怒るかもしれないだろ」
「……うぐ」
慎の意見に晴は口ごもった。
このご時世だ。何か隠し事が露呈した瞬間、それが閲覧者たちの気に食わない事であれば叩かれて、最悪炎上ものである。晴も、そして慎もプライベートに関する情報は必要最低限だけで呟くのは作品の事くらいだ。
自分たちは演者のように表舞台に立って目立つような存在ではないが、それでもエンタメを送る者としてはしっかり規則を守らねばならない。
だから、慎の意見は晴の事を心配しているからこそのものだった。
「アニメ作家、まさかの恋人発覚。お相手はなんと現役女子高校生⁉ なんてネットニュースに載ったらお前、最悪作家人生詰む可能性あるぞ」
真面目な口調になった慎に、晴は視線を合わせづらい。
「そうならない為にもう親には挨拶は済ませてある。だから合法だし、警察案件になる心配はない。ネットニュースの方は、まぁ俺の顔知ってる人なんていなし問題ないだろ」
「でもお前、わりと前にサイン会したよな」
「それくらい問題ないだろ。頻繁に会う人たちでもないんだし」
その時に会場に足を運んでくれたファンはざっと百五十人程度だった。
彼らと街で遭遇する機会なんてそうそうないし、万が一遭ったとしても晴の顔を見てすぐに小説家『ハル』だと気付く者はいないだろう。
「ま、よくよく考えて見れば、小説家のゴシップなんて誰が欲しがるかだよな。余程暇か特ダネがない記者しか取り上げないだろうし、そもそもお前なんか張り込んでもいいスクープ撮れなそうだもんだ」
「おいそれどういう意味だ。まさか俺がつまらない奴だって言ってないよな?」
「お、ちゃんと自覚してるのか」
悪戯に笑う慎に、晴は苛立ちを紛らわすようにカフェオレを飲んだ。
それから慎もエスプレッソを啜ると、
「にしても、お前が結婚、ねぇ。どういう風の吹き回しよ?」
「厳密にいえば結婚はしてないしあいつは婚約者だけどな」
「殆ど変わんねぇだろ。一緒に住んでんだろ」
「まあな」
理解が出来ない、と慎が肩を竦めた。
「で、どういう風の吹き回しだ?」
「別に、お前が勧めてきた出会い系アプリ使ったらたまたま利害関係が一致した相手を見つけただけだ」
「お前、恋人要らないんじゃなかったのかよ? えぇ、この執筆バカが」
「お前が作品の参考になるって言ったんだろうが」
「だからって、それで本当に恋人作る奴がいるかよ」
「ここにいるだろ」
「お前、ずっと思ってるけどけっこう頭ぶっ飛んでるよな?」
心外だな、と鼻を鳴らした。
「俺のどこが頭ぶっ飛んでるんだよ」
すると慎は真顔で答えた。
「生活よりも原稿を優先するところ。童貞のくせに無駄に女慣れしてるところ。恋人じゃなくていきなり婚約者を作って同棲するところ」
列挙されて晴は「うぐ」と呻いた。
「童貞のくせに女慣れしてるは余計だろ」
「実際童貞だろ。そんなんでいきなり同棲して大丈夫なのかよ」
「なんでだ?」
小首を傾げれば慎が言った。
「それまで童貞だった奴に突然恋人ができて取る行動は二つだね。ビビッて超奥手になるか、性欲魔人になるか、だ」
「なんだよ性欲魔人て」
「初めての夜に興奮してそれからずっと獣みたいに性に飢える奴のことだよ」
「なら俺は前者だな」
相手は曲がりなりにも女子高校生だ。親公認で本人の意思で同棲してはいるが、後者になればどんな理由であれ警察のお世話になる可能性がある。そんな面倒ごとは是が非でも避けたい。
そう答えれば、慎は「どうだか」と苦笑した。
「案外、お前みたいな奴は初めてヤッたら快感を忘れられずすぐまた盛ると思うぞ」
「俺の何を知ってる」
「人生=童貞って事」
「それで猿になるならあいつに千切られた方がマシだな」
「え何を。物凄く怖いんだけど」
唐突に物騒なワードを口にすれば慎が頬を引き攣らせた。
昨日の夜に起きた晴の大事な男の勲章の千切られるかもしれない案件は胸に閉まっておきつつカフェオレを飲めば、
「ま、お前が思う程の関係じゃないから、安心しろよ」
「それ、同棲してる奴の吐く台詞か?」
晴の言葉に、慎は眉根を寄せるのだった。
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