第13話 『 自分で執筆バカって言って悲しくならないんですか? 』


 美月と出会っておよそ二週間。実際に顔を合わせた回数は初日のお出かけと親への挨拶と昨日で三回。ちなみに今朝は寝ていたので見ていない。


 夕方。


「ただいま帰りました」


 既に渡してある合鍵を使ったのであろう。玄関からガチャ、と重厚な扉が開く音がして晴は部屋から顔を出す。


「おぉ、マジでJKだ」

「何度も現役と言ってます。それと、何か変ですか?」

「いや特に。ただ家に制服姿の女が居ると違和感というか背徳感よりも緊迫感が走るなと思って」


 街からサイレンが聞こえて、それが自分を逮捕しに来たのでは、と思うくらいには危機感があった。


「はぁ。捕まらないから安心してください」


 美月の辟易とした溜息に緊迫感が霧散した。


 それから靴を脱いで廊下に上がれば、さながら美少女が制服を着て晴の自宅に居る、という不思議な光景が完成する。


「お前、制服似合うな」


 月波高校の制服は可愛い評価される程人気で制服を目当てで入学してくる女子も少なくない。(相対的に男子の入学率も上がる訳でもある)


 黒よりも深い蒼を基調としたブレザーで、女子は学年毎に指定された色のリボンを付けている。美月は二年生なので、色は光沢感のあるパールパープルだ。


 校則規定よりも短めに巻かれたスカートの下、スラリと伸びる脚は黒タイツを履いている。


「お前、やっぱ普通に可愛いよな」

「そうですか」


 素直に賛美を送れば、美月は素っ気ないながらもわずかに頬を朱に染める。


「今日は何人に告白されたの?」

「されてませんし、私は全然モテませんよ」


 よ、と鞄と食材が入ったエコバッグを置いたのは、晴の茶番に付き合ってくれるという事なのだろう。


「私、学校では眼鏡を掛けて存在消してますから」

「ほーん。つまりボッチか」

「ちゃんと友達はいます。男子に近づいて欲しくないだけです」

「なるほどね」


 美月の恋愛事情は昨日聞いたので、同年代の男子にはそれなりに呆れがあるのかもしれない。


「なのに恋人欲しいとか、どんな強欲だ」

「うるさいです」


 晴の指摘に美月がぷくりと頬を膨らませた。


「ま、気持ちは分からなくはないぞ。男子高校生がカノジョ大切にするのなんて極一部と所詮フィクションだから」

「……ですね」


 美月も男子高校生という実態は身をもって知っているはずだ。だからこそ、教室では目立たず浮かず、静かな女の子という立場を選んだのだろう。


 達観した性格も、成熟した思考も、そういう、何か嫌なものが重なって出来てしまったのならば、晴も少しだけ同情心が芽生えてしまう。


「(似てんな)」


 僅かに顔に暗い影を落とす美月に、記憶が勝手に昔の自分を重ねる。


 晴も好きで、こんな自分を選んだ訳ではないのだ。妥協して、選択をせざるを得なかったから、今の晴が〝完成〟した。


 それを後悔しているかいないか、と言えば、今はまったく後悔していない。


 そのおかげで小説を続けていられるのだから、文句なんてものはない。


 ただ少し、高校時代に羨望はあって――。


「お前の運の尽きは俺なんかに見つかった事だな」


 自嘲しながら美月に近づけば、美月は「なんですかそれ」と苦笑を見せた。


「せっかくの高校という青春を、こんな執筆バカに構う事になったお前に同情してるんだよ」

「自分で執筆バカって言って悲しくならないんですか?」

「自覚してるから悲しくない」


 ふんぞり返って答えれば、美月が可笑しくなったのか吹いた。


「ふふ、貴方って、本当に不思議な人ですよね」


 その可憐な笑みに、先程の暗い影はもうない。


「別に私は、貴方と一緒に住む事になって後悔してませんよ」

「それはまだ住み始めてからだろう。これからどんどん不満とストレスが溜まってくるぞ。同棲のリスクは互いの意見が食い違う事なんだと」

「……調べてくれたんですか」


 驚いたような、嬉しそうな顔をした美月に、晴はしれっと答えた。


「いや、同棲する話を短編で書いた時に調べた。お前と同棲するから調べた訳じゃない」

「ふんっ。そういう人ですよね、貴方って」


 喜々とした顔から一転、不服そうに頬を膨らませる美月。


「まぁ、俺たちはその点に関しての心配はいらんだろ。お前は好きにやってくれて構わない」

「ならリビングにミラボー……」

「いいぞ」

「絶対に適当ですよね?」


 ジト目で睨まれて晴はバレたかと舌打ちした。

 はぁ、とため息を吐けば、美月は鞄とエコバッグを持ち直した。


「貴方と話すと変に体力を使って疲れます。着替えたら夕食のするので、貴方は執筆なりくつろぐなりしててください」


 晴に構う事に飽きたのか言葉通り疲れたのか、美月はツン、とした顔をしてリビングに向かってしまう。美月のいう通りに部屋に戻ろうとした寸前、体が止まった。


 晴は扉から顔だけだすと、


「今日の夕食はなんだ?」


 子どものような問いかけに、振り返った美月が母親のような笑みを浮かべた。


「昨日のお肉が余ってるので、今日はカレーです」

「ん。了解。原稿はやらねえから、出来たらノックしろ」

「はいはい。分かりましたよ」


 美月が適当に返事するのを見て、晴は今度こそ部屋に戻る。

 それから、椅子に腰を降ろせばポンと机に置かれたゲーム機を起動する。

 ポチポチと暇つぶしにゲームを進めながら、


「……腹減ったなぁ」


 と呟くのだった。

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