第4話 『 美女には棘あり秘密あり 』
その後は軽くウィンドウショッピングして、ミツキが気に入った洋服をプレゼントした。
休憩ついでに気になっていた猫カフェに寄れば、猫の可愛さとミツキの微笑みに癒しをもらった。
そして、時間はあっという間に過ぎて。
「――今日はすごく楽しかったです」
「それは良かった。俺も楽しかったよ」
夕日の朱に染まっていく水面を眺めながら、二人は今日の感想を伝え合う。
「こんなに楽しい一日は久しぶりです」
「同じく。良い息抜きになった」
それに、色々と小説の参考になるものがあった。慎の言う通り、存外得られるものが多かったと感嘆されられてしまった。
少しずつ冷えていく風を浴びながら視線を移せば、ミツキと目が合った。
「こんなに楽しかったのは、ハルさんが凄く優しい方だったからですかね」
「いやいや。上手にエスコートできなくてごめんね」
口調も、態度も、出会った当初よりだいぶ柔らかくなった。
「ハルさんて、プロフィールに書いてありましたけど本当に恋愛経験ゼロなんですか?」
「そうだよ。彼女いない歴=人生」
「とてもそういう風には見えませんよ」
ふふ、と笑うミツキに、晴は苦笑。
「そうかな。モテた試しがないし、バレタインチョコだって1個も貰ったことないよ」
「えぇ。絶対嘘だ」
「ホントホント。あ、でもファンからは貰ったことあるか」
「ほらあるじゃないですか」
思い出して口に出せば、少しだけミツキが拗ねたように口を尖らせた。
このままではさらに黒歴史を掘られそうな気がしたので、晴は話題を強引にミツキへと変えた。
「それを言えば、キミの方こそモテるでしょ。可愛いんだから」
「……ま、まぁ。何回かお付き合いはしたことはありますよ」
恥じらいを見せながら答えたミツキに、晴は当然だろうと嘆息する。
容姿が整っていて、その上相手に不快感を与えることなく引き立たせる。己への主張性が低い、といえば聞こえは悪いが、相手を尊重し加えて従順だ。こういう女性が好ましく思う男は大勢いる。
晴からすれば、もう少し強く出てもいいのでは、と思ってしまうが。
「キミみたいな可愛い子がカノジョになれば、世の男は勝ち組だろうね」
「どうでしょうね。結局、付き合っても長続きはしませんでしたから」
ぽつりと呟けば、ミツキの双眸が寂寥を帯びたように細くなる。
その顔をさせるのが何だか嫌になって、晴は彼女を見放した男たちを嘲るように言ってやった。
「なら、そいつらはキミを見る目がないって事だ。俺なら、キミみたいな子を大切にするし、何が何でも手放さない……と思う」
「そこは言い切りましょうよ」
「まだキミと付き合ってる訳じゃないから。言い切れなかったんだよ」
つい胸の奥が熱くなった瞬間、言下で冷静さを取り戻せばミツキに失笑された。
言い切れなかったのは、自分に恋人を優先するという選択肢が無に等しかったからだ。執筆を優先してしまうから慎に呆れられながら面倒を見られていたわけだし、今日まで恋愛をしてこなかった。そんな人間が、恋人を大切にできる訳がないと自覚している。
ミツキは凄く魅力的な女性だけれど、やはり晴では釣り合わなかった。
そんな事実確認が取れただけでも今日は収穫か、と胸中で呟けば、晴はミツキにお別れを告げようと振り向いた。
「――ねぇ、ハルさん」
その間際にミツキに呼びかけられて、晴は目を細くする。
「なに?」
「今日……私といて楽しかったですか?」
「あぁ。楽しかったよ」
質問に間も開けず素直に答えれば、紫紺の瞳がゆらりと揺れた。
真っ直ぐに。晴を見つめるミツキはきゅ、と胸の前で拳を握ると、
「なら、また今度、デートしてくれませんか」
まさか、ミツキの方から誘われるなんて思いもしなかったから啞然とした。
驚愕に見開いた瞳には、晴の返事をジッと待つ女性がいた。
緊張で上気した頬。夕日を背景に見るミツキは、どんな絵画よりも美しくて。
そんなミツキに、晴はーー
「ごめん」
男なら絶対にしないであろう、否定という選択肢を取った。
謝れば、ミツキが否定された衝撃で唇をか細く震わせた。
互いに終始良い雰囲気だったし、性格の相性も悪くなかったと思う。
だからミツキは、晴に可能性を見出して、勇気を出して誘ったのだろう。
それを断ったことに気が引けたが、でも晴には断ればならない訳があった。
晴は意思を変えることがないと、ミツキは目を見て悟ったのだろう。長い沈黙を解けば、涙ぐんだ声が耳朶に震えた。
「そ、そうですか……そうですよね。ハルさん。お仕事で忙しいですもんね。仕方ないですよね」
ミツキが、必死に自分に言い聞かせようとしていた。
「あぁ。キミならきっと、俺なんかより素敵な人に出会えるよ」
そんな彼女にトドメを刺すように言えば、ミツキがきゅっと唇を噛みしめた。
「ハルさん。短い時間でしたけど、今日はとても楽しかったです。本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ。今日は楽しい時間をありがとう」
誘いを断った男に対しても礼儀正しく頭を下げるミツキ。そんなミツキに晴はわずかに胸が痛くなるも、これが正解だと己に言い聞かせる。
「それじゃあ、またどこかで」
「あぁ。またいつか」
この場から今すぐにでも消えてしまいたいのだろう。ミツキが別れを切り出して、晴もそれに応じる。
手を振られて、晴も手を振り返す。
そして、ミツキが帰ろうと背を向け歩き出した。
そんな背中を見届けながら、晴は――
「あぁ、そうだ。年齢を偽るなら、ある程度の覚悟はしておいた方がいいぞ」
「――っ⁉」
あくまでアドバイス感覚で忠告すれば、ミツキが背中越しに息を呑む気配を感じた。
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