第3話 『 今日のお相手は【ミツキ】と呼ぶ 』
晴が出会い系アプリで知り合った相手の名前は【ミツキ】と呼ぶ。
漢字ならば、おそらく〝美しい月〟と書いて『美月』なのだろう。
それが本名か偽名なのかはさておき、名が体を呼ぶに相応しい美女だった。
どうせ顔はアプリで盛に盛ってあるのだろう、と思っていたが、彼女は晴の偏見を見事に裏切ってきた。
肌は新雪のように白く透明感があり、脚は無駄な脂肪がなくスラリと伸びて脚線美を描いている。
髪の毛は染めた痕跡がない綺麗な黒のロングヘアー。瞳は日本人らしく黒だが、わずかに紫みを帯びて〝紫紺〟と呼ぶ方が合っていた。
プロフィールでは年齢は【20歳】と記載されていたが、その年齢には似つかわしくない落ち着きがあった。歩く様も淑女然としていて、気品すら感じられる。
年齢からして大学生か専門学生。或は、社会人か。
世の男たちは、こういう子を上玉と言うのだろう。
ミツキをソシャゲのキャラに例えるなら、即戦力の☆5といったところか。単発かつ初引きで☆5を引いたとなれば、友人である慎からもれなく嫉妬を喰らいそうだ。
そんな☆5のお相手、ミツキと最初に訪れたのが、駅から徒歩5分ほどにある映画館だった。
「ミツキさんは何の映画が観たい?」
お互いに映画鑑賞が趣味なこともあって(晴はそうでもないが)、晴とミツキはランチの前に映画館に足を運ぶ事となった。
上映中のポスターを眺めながら、ミツキはふむ、と顎に手を置きながら考えていた。
「ハルさんはどんな映画が好みなんですか?」
「俺は基本なんでも。ただホラーは苦手かな」
観れない訳ではないが、洋画のホラーの独特な雰囲気が晴は苦手だった。
そう答えれば、ミツキがふわりと笑った。
「奇遇ですね。私もホラーは苦手です」
「そうなんだ」
「はい。和風系は大丈夫なんですが、洋画の独特な雰囲気が酔ってしまって」
「あはは。俺も一緒だよ。洋画は心理描写が派手な分、映像に緊迫感があるよね」
「そうなんです! こういうのって、しっかり見てる人しか伝わらないんですよね」
「だね」
意外な共通点に晴とミツキは盛り上がった。
ホラーという選択肢は自然と消滅して、残るは今話題のアニメ映画か恋愛系、それとアメコミ作品と推理ものに感動系とまだまだ候補は多い。
「(推理もの観たいな)」
そんな事を胸中で思っていると、
「……私はこれが観たいですかね」
「どれ?」
ミツキが指さしたポスターを目で追えば、女性としては意外と言っていいのか、推理ものの映画を選んだ。
「意外だね。俺はてっきり恋愛ものにすると思った」
「どちらにしようか迷ったんですけどね。でも、今日はこっちの方が楽しめると思ったので」
「遠慮はしなくていいよ?」
「ふふ。してませんよ」
ミツキの笑みに、これ以上は無粋だと口を塞いだ。
「分かった。じゃあ、これにしようか」
「はい」
観る映画も決まり早速チケットを買いに歩き始める。ちらっ、と横目でミツキを見れば、楽しんでいるように見えて安堵がこぼれた。どうやら晴に合せたのではなく、本当に推理ものに興味があったらしい。
そしてチケット売り場まで足を運べば、受付のお姉さんにミツキが声を掛けた。
「すいません。こちらのチケットを……」
「この映画のチケットを二枚ください」
ミツキの言葉を遮って晴が言い切れば、受付のお姉さんが「はい。こちらを二枚ですね」と明るい声音で返答した。
「あの、ハルさん。私の分は私が払いますよ?」
「いいよ。ここは奢らせて」
爽やかな笑みと淡泊な口調で言えば、ミツキが「でも」と躊躇いをみせた。
「こういうのは男が払うものだから。ミツキさんは気にしないで、映画を楽しんで。俺はそっちの方が嬉しい」
自分でもなんてキザな台詞だ、とは思いつつも、意外にもすんなりと口から出た事の方が驚きだった。
そんな晴の胸中などミツキは知らず、白い頬を蒸気させた。
「あ、ありがとうございます」
少しだけぎこちないお礼に、晴もなんだかむず痒くなってしまう。
互いが妙な雰囲気に呑まれていると、受付のお姉さんが微笑まし気に見守っていることに気付く。
「あの、お客様。席はどうされますか?」
その声に我を返されて、二人は慌てて画面に視線を移した。
「真ん中の席が空いてるし、ここにしようか」
「本当だ。ラッキーですね」
土曜日にも関わらず真ん中の席が空いていたので、二人は迷わずその座席を指定する。
「はい。Hの16番と17番ですね。ただいまご用意いたしますので、少々お待ちください」
「はい」
「ありがとうございます」
スムーズに座席も決まり、料金も払い終えれば、晴とミツキは上映までの時間を物販コーナーに寄ったりポップコーンを買ったりと楽しく過ごしたのだった。
▼△▼△▼
映画も見終わればお腹もいい感じに空いて、ミツキの希望もあり昼食はパスタになった。
「そういえばハルさんて、お仕事は小説家、なんですよね?」
「まぁね。小説家といっても、ライトノベル作家だけど」
パスタをくるくる巻きながら苦笑して答えれば、ミツキが感嘆の吐息をこぼす。
「どんな形であれ本を書いているなんて素晴らしいですよ」
「はは。そう言われると、なんか嬉しさよりもむず痒くなるね」
裏表なしの賛辞に、晴はどんな反応をすればいいか困ってしまった。
まあ、確かに小説を書いて食べていける者なんて作家の中でも一握りしかいない。
さらには昨今のラノベ界隈は競争が激しく、流行もあっという間に過ぎていく。ひと昔前はそれほど流行らなかった異世界ものが、今や本屋の一列を埋め尽くす実情だ。
そんな渦中で自分の好きなものを今も書き続けられるのは、奇跡なのかもしれない。
「ハルさんは、小説を書くのが好きなんですね」
「……どうしてそう思うの?」
ミツキの言葉に思わず手が止まり、晴は眉根を寄せてそう問いかけた。
すると、ミツキは穏やかな笑みを浮かべて、
「だって、小説の話をする時のハルさんの顔が、凄く楽しそうだったから」
「ミツキさんには、俺はそんな風に見えてるんだね」
「はい。……もしかして、違いましたか?」
意識なく声音が落ちれば、ミツキが失言だったかと慌ててしまう。
晴はいいや、と首を横に振ると、
「ミツキさんの言う通りだよ。俺は、小説を書くのが好きだ」
そう答えれば、ミツキがほっ、と安堵の息を吐いた。
「ミツキさんは凄いね。相手のことをよく見てる」
「そうでしょうか。あんまりそんな風に言われたことがなくて、正直ピンときてないです」
ミツキが苦笑した。
「いや、本当に凄いと思うよ。……その歳だったら、自分のことばかり考えてるし、大抵の人は自分しか見てないよ。俺もそうだったし」
自嘲するように言えば、ミツキが可笑しそうにくすっ、と笑った。
「ハルさんこそ、相手をよく慮っていると思いますよ」
「どうしてそう思う?」
パスタを口に運びながら眉根を寄せれば、ミツキは淡い笑みを浮かべて答えた。
「初めて合った女性にも関わらず、こうして親切に接してくれますし、エスコートだって完璧でした。それに、色々と懐が大きいですし」
懐、とはおそらく金銭事情だろう。こういうのは男が払うものだと思っているし、慎にも「初めてだろうが相手に貢げ。そして好印象を与えろ」と口煩くアドバイスを貰っている。なので、ミツキが晴に覚えた印象は付け焼刃の対応でしかない。
でもまあ、女性からそんな風にもらえて存外悪い気がしないのは事実だった。
「男側が女性を想って行動するのは当然のことだよ。それに、ミツキさんが喜んでくれたなら俺も嬉しいから。だから気にしないで」
「あ、ありがとうございます」
こんな感じで言えば正解か、と思案した言葉をそのまま言葉にすれば、真正面でミツキが顔を赤くして俯いた。
「(やべ。キザすぎたか)」
恋愛小説を書いているとどうしてもその感覚が狂ってしまう為か、直球で言い過ぎてしまったと遅れて気づく。もっと迂遠な言い回しにすべきだったかと、反省を後にして晴は眼前、俯くミツキに意識を集中させる。
「大丈夫、ミツキさん?」
「は、はい……ハルさんて、やっぱり大胆な方ですね」
頬をまだ朱に染めたミツキが感心したような、驚いたように言って、晴は苦笑をこぼすしかなかった。
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