第2話 『 いざ、デ……お出かけへ 』
慎からオススメされた出会い系アプリをインストール&プロフィール登録を完了してから5日後。
「……待ち合わせはここでいんだけっか」
登録の翌日には何件かの通知が来ていて、どの子となら上手く話せそうとかなるべく清楚な子がいいなと思惑しながら指をスワイプしていると、自分とあまり歳が離れていない上に特技蘭に【料理と掃除ができます】と書かれている子を見つけた。
何より好印象だったが、おそらく一度も染めた事がない綺麗な黒髪だった。
別に黒髪好き、という訳ではないが、画面でも分かるくらいさらさらとした髪が好印象だった。
「(顔なんてどうでもいいし。それに、つまらんかったら相手からアクション起こしてくることなんてないだろ)」
そもそも、こんな適当に書いたプロフィールによく話してみたい、会ってみたいと思った者がいるものだ。晴としてはそっちの方が驚きだった。
趣味はどうにか捻りだして【ゲーム・読書】と載せて、特技の蘭には10秒悩んだ挙句面倒になって【仕事】と載せた。自分の紹介文は【小説家です。アニメや映画を見ることが好きなので、ご興味ある方はぜひ】と硬い上に淡泊な文章過ぎて自分でもどうかと思うほどの出来だった。
慎には、修正しろ、とか機械かよ、魅力なっ⁉ などと文句を散々言われたが、結局こんな内容でも来る物好きはいるらしい。
そして、なんやかんで今日は実際に会って遊ぶ事になってしまった。
デートというには世の恋人たちにおこがましい気がするので、遊ぶ、と言った表現のほうが無難だろう。
軽く遊ぶ、くらいの感覚で臨むのが丁度いいだろうと思い、恰好も変に意識したものではなくラフで、髪もセットしていない。まぁ、それはただ単に晴が髪をセットする技術が無いだけなのだが。
「――お」
一応、早く現地に着いていたので暇つぶしとトイッターを眺めること数十分。唐突にスマホに【どんな格好してますか?】と通知が届いた。
「黒のジャケットに紺のジーンズですっと」
素早く文字を打って、口にした事とそのままの文章を送る。
すると数分後。
【すいみません。どの辺りにいますか】
今度は居場所を求められて、晴はぐるりと周囲を見渡した。
次は無言で文字を打つ。
【噴水広場の前にいます】
ポンッ、と軽快な音とともに送って、そこから数分は音沙汰がなかった。
今自分を探しているだろう待ち人に若干そわそわしつつ、気分を落ち着かせる為に電子書籍でも読むかと思った時だった。
「――あの」
と透き通った声音が耳朶に届いて、晴は顔を上げる。
視線を声の方へ移せば、晴のことを黒髪の女性が見つめていた。
もしや、と思いながら、
「はい」
そう淡泊に応じた晴に、見つめている紫紺の瞳が僅かな逡巡をはらませた。
女性は一度、紫紺の瞳を強く瞑った後、それから勇気を振り絞ったように開けた。
「もしかして、『ハル』さんですか?」
そう問いかけられて、晴はぱちりと目を瞬かせる。
それから、ぎこちなく頷いた。
「えぇ。……もしかして、アナタが『ミツキ』さんですか?」
質問を肯定して、今度は晴が問いかければ、女性は、
「はい。ミツキです」
こくりと頷いた。
そしてすぐにニコッと笑って、
「初めまして。ハルさん。今日はお会いできて凄く嬉しいです」
「こちらこそ。今日は楽しい一日にしましょう」
丁寧だけど僅かな緊張が垣間見える挨拶に、晴は対人用の自分を引っ張りだして微笑みと朗らかな声で応じる。久しぶりにこんな顔と声を出したから、何もかもがぎこちなかったが、人様にみせられるくらいには様になってるはずだ。
「…………」
「……どうかしましたか?」
凝然とミツキを見ていると、ミツキは晴の視線に気づいて困ったような反応を見せた。
晴は慌てて首を横に振ると、
「――いや、とても可愛い人だなって思って」
「あ、ありがとうございます。すいません、あんまり容姿を褒められるのに慣れてなくて」
「う……」
「う?」
「なんでもないです」
嘘だろ、と危うく失笑が零れる寸前で言葉を飲み込む。
余程顔を見られることに抵抗があるか、顔立ちに自信がある者でなければ、プロフィールアイコンを横顔に設定する事はないだろう。
顔立ちは美人と称する程には整っているし、スタイルだって申し分ない。服装も、晴と思考は同じなのだろう。変に気合は込められていない。動き易さ重視のラフな格好、だがしっかりと流行に乗っ取っているお洒落な服装だ。
「……これは作品に使えそうだ」
「はい?」
「なんでもないです。ただの独り言です」
油断すれば仕事脳になってしまって、慌てて言い訳すればミツキが「は、はぁ」と困惑ぎみに吐息した。
気まずい空気を変えるべく、晴はコホン、と咳払いして、
「それじゃあ、ここで立ち話もあれだし、歩きながら話しましょうか」
「そうですね」
晴の提案に、ミツキは淡い笑みを浮かべて肯定してくれた。
「ええと、呼び方は……」
「ハルでいいよ」
「では、ハルさん、で。私のことはミツキと呼んでください」
「わかった。じゃあ、行こうか。ミツキさん」
名前の呼び方は、それぞれのアカウント名で呼び合う事に決まった。
そして互いに、緊張の見えるぎこちない笑みを浮かべて、賑やかな街へと歩き出したのだか――
「……はぁ」
何故か、晴は心底重そうな吐息をこぼしたのだった。
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