第一章 【 JK奥さんとの馴れ初め(5月編) 】

第1話 『 つまるところ俺はお前の面倒見切れないって訳 』


「俺、お前の面倒もう見ないから」


 平日の昼下がり。八雲晴は近場のカフェで友人にそんな言葉を言い渡された。


「……別に、俺はお前に面倒見られているなんて自覚はないぞ」


 目を瞬いて数秒。晴は友人にそう言い返した。

 ぶっきらぼう、かつ淡泊に言った晴に、友人――浅川慎は眉根を寄せて、


「嘘吐くんじゃないよ。俺、お前の家に週何回行ってると思ってんの?」

「そんなの逐一覚えてるわけ無いだろ。ほぼ毎日来てる印象しかない」

「諦めるな。ちゃんと数えろ」

「めんど」

「めんど、じゃないよ。そういう大雑把な部分直せっていつも言ってんじゃん」

「お前は俺のおかんか」


 ジト目を向けられて催促されて、晴は仕方なく指折り数えた。


「……先週? はたぶん4回くらいか?」

「そうだな。合ってる」

「これ何の確認だ?」

「お前の生活の面倒を見ていた回数の確認」


 確かによく来ている印象だったし、その全部が遊びに来ているものだとばかり思っていたので晴は驚く。


「……言われてみれば、いつも部屋が勝手に綺麗になってたな」

「それやったの全部俺だから!」


 もう家事をするのに疲れた主婦のように癇癪を起した慎に、晴は素っ気なく言った。


「別に部屋を掃除してくれ、なんて頼んでないぞ」


 懇切丁寧に家事をしてくれた事は大変助かるが、晴は慎にそんなお願いを一度も頼んだことはなかった。

 なので、これは慎が勝手に癇癪を起して、勝手に呆れているだけだ。

 と、不服気に鼻を鳴らせば、慎が大仰にため息を吐く。


「お前が生活出来な過ぎて放っておけなかったんだよ」

「さんきゅーな」

「誠意がこもってないぃぃ」


 前述の通り一言も頼んでないので、誠意なんてものは半分くらいしかない。というより欠片もなかった。


 ともかく、知らぬうちに身の回りの世話をしてくれた友人はついに我慢の限界を迎えているようで。


「俺、お前のせいで先月彼女と別れたんだからな」

「俺のせい?」


 そんな事は身に覚えがないので怪訝に顔をしかめれば、慎はおろおろと芝居がかった涙を浮かべた。


「お前の家に頻繁に行ってるし、たまに連絡も疎かにしてたから、浮気してるんじゃないかって勘違いされたんだよ」

「それ俺のせいじゃないだろ。責任転嫁すんな」

「いやお前のせいだね。お前が一人暮らしできないせいだっ」 


 責任転嫁も程がある暴論で、晴は甚だ納得がいかない。


「そもそも、お前は恋人作り過ぎだろ。今年に入って何人目だよ」

「今年はまだ二人ですぅ」

「多くね?」


 段々と日の沈む時間も長くなって気温も上がっていく。


 ゴールデンウィークも先週には終わって再来月には夏が訪れる。年が変わってまだ半年だというのに、そんな短い期間で恋人を二人も作れる慎には感服しつつも、節操無しめと内心で悪態がこぼれる。


「そういうお前は、まだ恋人作らないのかい?」

「あいにく製造予定はまだないな」

「恋人は粘土でも加工製品でもないぞ。しっかり人間で頼む」

「なら猶更予定ないな」


 まあ、慎の言葉に真面目に向き合って思案だけはしてみるも、やはり、


「……そうだな。恋人がいても面倒だ」

「お前はそういう所が大雑把だから、私生活もごちゃごちゃになるんだよ」

「余計なお世話だ」


 意外にも正論に聞こえてバツが悪い。


「そもそも、恋人なんて作って俺たちにはなんのメリットになるんだ。相手に構うなんてそれこそ時間の無駄だろ」


 言い訳のように口を尖らせれば、慎がいやいやと手を振った。


「メリットならめちゃくちゃあるぞ」

「ほう。例えば?」


「デートシーンの参考になったり」

「それネットで拾えばいいし、そもそも、それを考えるのが俺らの仕事だろ」

「……家事とかしてくれたら、その分時間が空くし、カノジョにお願いすれば衣装だって着てくれるぞ。中には着てくれない子もいるけど」

「メシならコンビニかウーバーがあるし、衣装はネットで調べて脳内で想像すればもっとキャラの良さが引き立つと思うけどな。あと、実際に着てもらえないなら意味がない」

「……極めつけは彼女の可愛い仕草だな! それを間近で見れば、もっと読者に共感してもらえる最高のシーンが出来る!」

「可愛い仕草ならアニメで見た方が資料になるし、読者に喜んで欲しいなら読者の意見拾ったほうが確実だけどな」

「ホント何なのお前⁉ 全然可愛くない⁉」

「男に可愛さ求めんな」


 慎の『恋人がいることのメリットのプレゼン』を全て反論すれば、遂に堪忍袋の緒が切れたのかぶち切れられた。


「なんで俺の親切心を悉く無下にするかなお前は⁉」

「お前のプレゼンがおざなりだからだ。俺には響かないし、何の資料にもなりそうにない。俺を説得したいだったらもっと小説に使えそうな話を提示することだな」


 紙を丸めてぽいっ、と捨てるようなジェスチャーをすれば、晴はご満悦そうな顔で慎は屈辱に奥歯を噛みしめていた。

 それから慎はどっと疲れたように嘆息すると、


「たくっ。これだから天才作家は」


 口を尖らせて、慎は嫉妬をはらませたように呟く。

 晴と慎。二人の職業は作家だ。作家の中でも、ライトノベルを執筆するラノベ作家というジャンルに該当する。


 晴は高校生の時。有名な小説サイトに投稿していた作品が、慎と同じ出版社にオファーされ小説家へ。慎は3年前の新人賞で大賞を受賞してプロの作家となった。


 互いに歳もわりと近く編集者との会議でなにかと出版社で遭遇していた為、いつの間にか仲良く? なっていた感じだ。


「俺は天才じゃない。ただ書いてるだけだぞ」

「まぁ確かに。天才というより執筆バカの方が正しいのか」

「俺はそっちの方が好きだな」

「執筆バカを気に入ってるのたぶん世界中探しても晴だけだと思うよ」

「【稀代の天才作家】なんて恥ずかしい呼ばれ方されるよりマシだろ」


 たまたま書いて投稿していた作品が、いつの間にか好評になって、いつの間にか書籍化されて、そして去年アニメが放送されて人気がさらに爆発してしまっただけのラノベ作家だ。

 それがどんな幸運と豪運が重ねれば成るのかと言えば、きっと宝くじで一等が当たるくらいの確率なのだろう。


 そんな奇跡のおかげで、今や周囲や世間からの晴の評価は【稀代の天才作家】だ。

 それがどれほど過大評価なのかは、晴の実態を知っている慎がよく分かっていると思う。


「お前の生活を見れば、その誉高い異名も霞むけどな」

「それな」


 慎が苦笑して、晴も苦笑い。


「本当に、恋人いない歴=人生のお前が、なんであんなすげぇラブコメを書けるかねぇ」

「頭の中で勝手にキャラが動いてくれるし、俺はそれをただ文章にしてるだけだ」

「それをそのまんま文章に出来るってだけで天才だからな?」

「想像力が豊かだと言ってくれ」


 天才、という言葉で自分の努力を一括りにされるのは嫌だった。晴だって、作品をより良い作品にしようと常に、それこそ四六時中努力しているのだ。


 むすっ、と眉間に皺を寄せて不服を表明していると、それには構わず慎が言った。


「ともかく、お前もそろそろ恋人の一人くらい作れ。顔は良いんだから、作ろうと思えばすぐできるだろ」


 話題が戻り、慎が頑なに恋人を作れと勧めてくる。


「適当に関係を築いても、適当に終わるだけだろ。お前みたいに」

「一言余計だなっ! ……分からないだろ。嘘から始まる恋があるように、適当から始まる本当の恋もある。お前の作品だって、最初はお互い嫌いな者同士だっただろ」

「事実は小説より奇なり、なんてものは嘘だぞ。現実は所詮、現実だ」

「性格がひねくれてるなぁ。なに、恋人欲しくない理由でもあんの?」


 詮索するような視線で問い詰める慎に、晴は「別に」と視線を落とす。


「ただ恋人にかまけて執筆する時間が減るのが嫌なだけだ」

「強情だなー。さっきも言ったけど、恋人がいれば自分の作品に落とし込める何かは見つけられると思うぞ。もっと作品の幅を広げたいなら、俺の意見を少しは聞くことだね」

「それを言われると反論しづらい」


 作品の幅が広がる、というのは晴にとっても魅力的だと思った。

 思わず慎に言いくるめられてしまうと、彼は含みのある笑みを浮かべて、


「どうだ。少しは恋人作る気になったかね?」

「……ほんの一ミリ。でも……」

「おっとめんどくさいはなしだ」

「ちっ」


 先に言おうとしていた言葉を奪われてしまって、晴は舌打ち。


「さて、お前も乗り気になってくれたことだし……」

「別に乗り気じゃない」


「お前も乗り気になってくれたことだし!」と慎が声音に圧をかけてきた。


「早速俺がおススメする出会い系アプリを教えてあげよう!」

「お前はそのアプリの勧誘業者か何か?」

「細かい事はどうでもいいだろ。ほれ、このアプリめっちゃ使いやすいから、晴も早く入れろ」


 渋々といった風にスマホを起動すれば、慎が前のめりになる。


 あまり乗り気ではないがとりあえず話だけは聞くことにした晴は、それから慎がおススメする【出会い系アプリ】のインストールと、このアプリのおかげで出会った恋人たちの話を二時間近く聞かされる苦行に遭ったのだった――。

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