第136話 締結
俺の社畜モードでの挨拶にようやっと、メデスの不気味な笑みがやや引きつったように見える。
「なによ、っと言われましても貴方からの提案でしたよね、協約というのは。
ならばしっかりと細部を詰めましょう。
どうやら貴方にとっては遊びが目的のご様子。でしたら後から言った言わないでグダグダにイチャモンをつけられてもつまらないでしょう?
せっかくハンデまでつけてしっかり遊びたいというのであればルールも明確にしておきましょう。
さ、突然のことでお互い立ったままでしたが、まずは腰を落ち着かせましょう。
ララ、メデスさんに
得体の知れない少女相手でもまるで取引先相手のように接する俺。ララもエレイシアも俺の対応の変化についてこれず呆然としている。
「ヘ~、随分と舐められたモノね。いいわ、面白いじゃない。乗ってあげるわ、この茶番に。ただ、騒々しいのは嫌いだからこれ以上人を呼ぶのはナシよ。つまらなくなったら帰るからそのつもりでいてね。
それと白湯なんて結構よ。長くなりそうだからこっちで勝手にやってるわ。」
優雅に椅子へ腰をかけるメデス。すると何とアイテムボックスを出現させ何やら取り出し始めた。今さら警戒しても始まらないので様子を見ていると取り出したのはティーセットだった。
おいおい、この世界にきて初めて見るぞ紅茶なんて。文明レベルというわけではなく薬草などからのポーションという別の発展をしているため文化の違いから紅茶というものが存在していないとばかり解釈していたが、、。
っと、こんなことで面食らっている場合じゃないぞ。主導権を手放してたまるか。
「それではメデスさん。内容の前に一つ確認があります。
この協約が締結した後、それを私のスキルで書面としてサインして正式な約束とするかどうかの確認です。」
「私のスキル」というのは当然「強制証文作成」のことである。本来このスキルは使うことへの承諾は要らないのでこんなやり取りは存在しない。
つまりはカマかけによる確認だ。彼女は俺のジョブが書記であることに意味深に反応していた。それはつまり十中八九「スキルブック作成」について知っていることを意味する。まさか「誤字添削」スキルに隠された秘密が、、なんて展開あってたまるかっ。
というわけで彼女が「スキルブック作成」を知っているならば「強制証文作成」も知っている可能性も高く、隠して使おうとしても無駄に終わるのでそれならばとこちらから匂わせることにしたのだ。
「ああ、強制証文だったかしら?
その代わり、後で泣きついても決定は覆らないからそのつもりでいてね。」
やはりというかあっさりと「強制証文作成」スキルについて言及するメデス。
このジョブレベル9のスキルでさえこの世界では俺が発現するまで知っている者などいなかったというのに。
「……、わかりました。それでは細部を詰めましょう、メデスさん。
まず私が確認したいのはダンジョン攻略についてですが――――。」
俺の細かい質問に嫌気がさして不機嫌になるメデスを何とか宥めながら1時間ほどの協約会議も無事終わりをむかえた。
その間にも彼女の素性や能力、また攻めてくる魔物のことなど有利になりそうな情報や譲歩を勝ち取ろうと足掻くが流石にそこまで甘くはなく上手くはいかなかった。
素性についてなど、
「だから初めに言ったじゃない、私は只の被害者だってっ!後は察しなさいよ、気の利かない男ねっ。」
などと取り付く島もない有様だった。メ、メンヘラかよ~、交渉はともかくプライベートに関しては社畜のおっさんにどうこうできる相手ではなかったのだ。
それでも最低限、作戦を立てるに必要な情報だけは曖昧にさせず確認できた。
後はメイスなどの智慧を借りて何とかするしかない。
席を立とうとするメデスと最後の会話をする。
「内容はとんでもなくつまらなかったけど久しぶりの人間との会話でつい長居しすぎたわ。それじゃあ、サインして帰るわね。」
「……、サインの前に一番大きな確認です。貴方に何があったか事情はわかりませんが良ければ話してくれませんか。そして今さらですが侵攻を取りやめ、私達と歩み寄ることは本当にできませんか?」
「……、しつこい男は嫌われるわよ。あなた達だって本当はわかってるんでしょ?
私は魔物の使役の有無問わずこれまで何万人もの人間を殺してきた。
そうすることでしか私をこんな風にした相手に復讐する方法がないのよ。
同情なんてゴメンだわ。さ、これでサインも書いたし無事に戦争協約締結ね。
精々、私を楽しませなさい、タナカさん。」
彼女なりの交渉相手への礼なのか、サインを済ませると最後だけはアンタでも招かれた者呼びでもなく俺の名前を呼んで席を立ち、背を向けるメデス。
「
そう短く呟くと出現させた
俺を含めこの場に残った3人の誰もがそんなジョブスキルは聞いたことすらない。
おそらくは
しかし、今さらそんなことで怖気づくこともできないのだ。
――戦争は既に両者の合意の元で締結され、始まっているのだから。
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