第130話 契約のない関係

 邪神との戦いから2日後の朝、俺達は信徒を連れリードライトへと出発した。

 その間にも体調も回復させた俺は集落の長のロクスと協議を重ねていった。


 まだ結界破壊の件の探りは入れていない。理由としてはその日のうちに「強制証文」で約束したものは住民の受け入れと裏切りをしないこと程度。

 それもあくまで俺とロクス間で締結されたもので、俺達二人でしかサインをしていないからだ。


『強制証文作成』スキルで作られた書面の拘束力はあくまでサインした人間にしか効果がないので、これでは彼らの一部が首謀者だった場合に、事情を知らない信者達とも武力でもって事に当たらなければいけなくなる。


 今回の急場の話し合いの書面に住民全員のサインを求めるのは流石に不自然すぎて疑われる原因にもなる。

 また、処罰する人間が出てきたとして証文の効果でこちらが手を出せないという事態を避けるためにも色々と可能性を考慮し、『住民登録』という形で証文を作成する必要を感じていたからだ。


 互いに信用はない者同士の旅路ではあったがこちらが襲ってきた魔物を退治している姿などを見せ、そういった行動が少しずつでも信頼の積み重ねになっていければいいと思う。


 戻りの旅路は順調で、信徒達がいた分行きよりは時間がかかったが、それでも予定通りにリードライトに帰還することができた。


「おおっ、ラディッツオの兄貴達が帰還したぞっ。これで俺達も安心して眠れるってもんだ!」


 街の北門の上で、物見をしていた元盗賊の輩共がはしゃいでいるのが見て取れる。

 元盗賊とはいえ、今では改心した上で「強制証文」の契約があるため安心して留守を任せていた。

 

 森にいるAランク以上の魔物が外に出てくる季節ではないが、それでも俺達がいなくて不安だったのだろう。戻ってきた俺達を必要以上に歓迎してくれていた。

 まあ、例のごとく俺の扱いは軽いのだが、、。

 いつか絶対わからせてやるからなっ。

 

 そんないつものやり取りはともかく、やはり元いた住民と信徒達を引き合わせるのは互いに強い不安感が見て取れる。

 う〜ん、こればっかりは慣れも必要だが無理に仲良くしてもらう必要もない。

 今後のことも考えて邪教徒達にはひとまとめでいてもらったほうが都合がいいしな。


 だが、できれば問題ない信徒達であればここの住民として長く上手くやっていって欲しいとは思っている。もちろん「強制証文」ありきでの信用関係だが。


 こうして考えると俺も随分と人間不信なんじゃないかと自分を疑いたくなってしまうな。

 思い返せば俺は「スキルブック作成」スキルを手に入れてから今日まで関わったほとんどの人間とスキルによるを結んでいた。

 それはパーティーメンバーにも及んでいる。


 これが確実で不安要素を消せることも間違いないがこんなことばかりしているとどれだけの人に囲まれていてもいつか孤独感に苛まれるんじゃないかとふと思ってしまった。


「どうかされたんですか、タナカさん?」

「あっ、いや、何でもない。皆引き合わせで不安がっているんだ。声を掛けなきゃな。」


 ララの声で我に返り仕事へと戻る。

 そういえばララとだけは「強制証文」による契約関係は存在していなかったな。

 半ば強引に王都で彼女を攫い、今に至る。


 俺のやったことは彼女のためといいつつ、完全に自己満足の行動だった。

 おっさんがなにカッコつけていっちょ前にダンディズム気取ってんだか、っと要らぬ自己問答も何度かしたが、それでも行動そのものには後悔はない。


 だけど、彼女は俺のことどう思っているんだろうか?俺のことを信用してくれているのだろうかと余計なことを考え出してしまった。


 彼女とだけは最後まで強制証文スキルを使わない関係でいられれば――。

 それだけで何か心は救われるような錯覚を持ってしまうセンチメンタルな一面はおっさんとして、誰にも打ち明けられないほどには恥ずかしい。


「経緯の説明をさせていただきます。お互い不安もあるでしょうがまずは独立区を作り、トラブルを避けながらやっていきましょう。

 相談事は私が引き受けますので。」


 心を振り払おうと仲介の仕事に戻る。

 

 ―その中でも皆の不安を少しでも和らげようと、笑顔で応対してくれているララの横顔の綺麗さが頭に焼き付いて離れなかった。

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