第75話 涙
エレイシアに向けて言葉と共に手を差し伸ばす。
対して、驚きから立ち戻った彼女は、
「私の力が必要だと? そんなことはない、私には何もできやしない。一つ聞かせてくれ。
どうしてそんな力を隠していたのなら、私に見せた?初めて会って信頼も何もないだろう。
彼女の騎士と名乗らせてもらってはいるが、あくまで主君は当主様だ。
お家を裏切ることなどできない。
そんなリスクを背負って、こんな役立たずの小娘騎士を取り込んで何の意味がある?」
と、弱音を吐露した。
それは質問の体をした自虐だった。
どうやらデモンストレーションが効きすぎたか。
ララの現状にやるせない思いを募らせていたところに、望外の力を見せられて、無力感に駆られたようだ。
その姿には既視感がある。俺もずっと入院中だった妹に何もできずに無力感に苛まれていた。
そんな中、道場を去るときに師範代からかけていただいた言葉で随分と助けられたのだ。
あの方のように徳を積んでいない俺では上手くできないかもしれないが、もう小賢しいデモンストレーションやらはやめだ。
ただ誠実に彼女と向き合おう。
「信頼ならできるよ、ララと小さい頃から一緒だったんだろ?俺さ、ララが職場に入ってすぐの頃は不安だったんだよ、先輩受付嬢達からイビられるんじゃないかって」
急に始まる昔話にキョトンとするエレイシアをおいて置き、話を続ける。
話し方ももう畏まらずにフランクになっていた。
「隠れて見てたのなら知ってるかもしれないけど、ウチは変な職場でさあ。
受付嬢み〜んなやる気ないのね。そんな中、ララはマジメに仕事頑張りだしてさ。
俺は有り難いんだけど、他の受付嬢達は面白くないだろうなって。
でもさ、俺なんかと全然違ってその辺が上手いというか、愛嬌あってさ。
みんなに好かれてたんだよ。
俺もさ、一年ちょっとしか同じ職場にいなかったけど、それでもこんなに助けたいと思ってるんだ。
君のことは知らなくてもララと子供のときからずっと一緒だというのならそれだけで信頼できる。
君も好きなんだろ? 彼女のことがさ」
そうだ。恥ずかしく言えなかったけど、この一年、つらい労働環境の中でも、彼女の笑顔に確かに救われていたんだ。
そういうのって居るうちは気付けないものなんだよな……… 。
俺の言葉がエレイシアの中の何か、堰を切ったようだ。へたり込んだまま、その目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「ホントッ、本当は忠義とか騎士とかどうでもいいんだっ。
ただ彼女が、ララが幸せならそれでいいのに。
あの娘はっ、私の母が亡くなったときも一緒に肩を並べて泣いてくれたっ、ずっと一緒に分け隔てなく姉妹のように接してくれたっ!
あの娘だけが、今の私の『家族』なんだ!!
それが、どうしてあんないい娘がこんなことにっ。お願い、私の命はどう使ってくれても構わない、だからどうかあの娘を、ララを助けてっ!!」
―それが彼女、エレイシアが鎧の下に隠していた本音だった。
彼女の手を取り、ここにようやっと俺は協力者を得た。
それは尊敬する人を敵に回し、強大な権力を相手に孤独感を抱いていた俺にとっても確かに救いだった。
さてと、これから対等な協力関係を作らなきゃいけない。また、こんな泣き腫らした顔でララの元に帰すわけにもいかないな。
湿っぽいのは苦手だし最後に少しだけ、からかっておくか。
「これで俺達は秘密の協力関係になったわけだ。
大の大人がこんな秘密を口約束だけで、とはいかないよな。君ももう子供じゃないんだ、言っている意味、わかるよね ?じゃあ場所を変えようか」
言葉と同時に、手に取っていたエレイシアの掌を両手を使って開く。すると彼女は顔を赤面させ、
「なっ、キサマッ。協力をダシに私の純潔を狙ってハジメからっっ。見損なったぞ!
その、すっ、少しは素敵な人なのかなーなんて思ったのにっ。
しかしララ様のためなら仕方ない……… 。好きにすればいいさ、この卑劣漢!」
フム、少しからかうつもりが効きすぎたな、この耳年増の娘さん。そのまま開いた掌に硬い棒のようなものを握らせ、
「何のことを言っているのかわかりませんが、大人の約束とはキチンと書面にするものですよレディ。
ではもう暗いですし、ギルドの受付前のテーブルでも借りましょう、いきますよ」
と先を促す、握らせたのは勿論、万年筆だ。
旅の途中の街の質屋で、スキルブックを流したときに数点欲しいものを手に入れたが、その一つがコレだ。
やっぱり「書記」といえばコレだよなー。この世界では高くて我慢してたが、ようやく手に入れた自慢の品だ。
「クっ、キサマッ、私をからかったな! これだから大人の男は好かんのだっ。許さんぞ!!」
元気を取り戻したエレイシアだが、剣を持つのはヤメてくれ。
さて、なんとかエレイシアを宥めて「強制証文」による秘密の協力契約も締結させた。
もう遅いので今夜はエレイシアをすぐに帰し、今後はここ、ギルド本部の受付前で定期報告と作戦を随時、伝えることとした。
俺はというと、そのまま王都の夜の街に繰り出した。勿論遊び目的ではない。
俺達には時間がないが、何より「手札」が足りていないのだ。
―その手札を求めて、危険を承知で王都の暗部を探る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます