第73話 婚約の裏事情

「それはヴァイアージ家のことをいっているのか?

 世迷言を、キサマに貴族の事情の何がわかるというんだ。

 私はこの婚儀の後に侍女としてヴァイアージ家へついていくことを許されなかった。私の役目は終わったのだ。いいからさっさと斬ってくれ」


 こちらの言葉にエレイシアが反応する。交渉の前に彼女の愚痴を引き出して事情を知っておくか。

 話を聞いてから上手く組み立て、説得力のある解決策を提案できれば取り込める可能性もある。


「そうですね、では教えていただきましょう。

 仮にも決闘の敗者がそんな口の聞き方をするんですから、しっかりと説明してください。私の言い分はそれからです」


 あまり理屈になっていないが、決闘だのなんだの持ち出せばいけそうだということで強引に話を持っていく。何より、彼女の今の口振りで今までの態度の違和感に気づいてしまった。

 そう、彼女は前世の終わりのときの俺のように自棄気味なのだ。


 平民に丁寧に対応したのではなく、単に生気を失い淡々とこなしただけ。

 宝石箱をみてすぐに逆上したのもやるせない現状の不満のはけ口に使ってきただけ、決闘の諦めが早かったのも元々この闘いに意義など見出していないから。


 要するに彼女は絶望しているのだ。

 なればこそ、事情を聞かねばいけない。この世界に生まれ、いつか貴族の事情で結婚することなど百も承知だった筈。

 それでこんなヤケクソな態度を取るというのだから、よほど公爵家の相手に問題があるのではないか。俺の中で一抹の不安がよぎる。


「ふっ、聞いてどうなるというんだ。まあどうにもならないというなら話しても問題ないか。確かに敗れたのは私だ、大人しく勝者に従うか」


 と皮肉に笑うエレイシア。最初に会ったときの毅然とした態度はとうに失せていた。


「まず争うも何もこの婚約はこのお家にとっても必要不可欠なもの。故に断れないのではなくこちらから頭を下げていることなのだ。

 ララ様もそれをわかっているからその決定には異論を挟んでいない」


 それはつまり、


「見返りがあるということですね。それは何なんです?」


「それを話すにはその前段階を話さねばならない。

 お前などが知っていい話ではないが、流布したところで信用される話でもないか。

 それでも他言無用だぞ。それは我らの領地の結界の綻びから話は始まる」


 ―ミスリルで描かれた街を覆う結界。

 この世界の今の技術ではなく、城壁とともに過去の文明の遺産をそのまま使用しているオーパーツ。 

 そしてその綻びとは


「三十五年前の悪夢の再来ですか。そこで『軍事』を司るヴァイアージ家にパンドラの森の討伐を願うために令嬢を差し出し、兵站の供給も約束するという話ですか」


 ようやっとこの婚約の事情の全貌が見えてきた。

 そして、この婚儀がメイスの本懐の第一歩であることも理解させられた。対立はもう不可避だろう。


「フッ、察しがいいな。だが問題はそこではない。

 必要な婚儀であれ、ララ様が幸せになれるのならそれでいい。しかし、あの相手ではただの犠牲ではないかっ………!!」


 ついに彼女の立場では絶対に口に出してはいけない言葉を話し出すエレイシア、そこには怨念が込められていた。


「婚約の相手はヴァイアージ家の四男ロッシ。

 いまだ社交場にも現れていない男で、噂では親族殺しの狂人であると。

 今まで幽閉され、玩具として女を与えられているなどどいわれている男だ。そんな所にララ様を差し出せというのかっっ!!」


 それは、想定していたことを遥かに上回る最悪の話だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る