第65話 子爵家の屋敷

 王都の厳重な門の検閲を無事に通り、そこで護衛の任は解かれた。


「ではここまでで結構、道中お疲れ様でした。

 そちらもお一人よりずっと快適で安全な旅路だったのでは? そういう意味ではお代はいらないでしょうが、決まりは決まりです。お納めください」


 嫌味をいいつつ、銀貨15枚を渡すルフォイ。

 あのなぁ、お前にとっちゃ本当に端金じゃねーか、嫌味なしで渡せんのかね?

 こちとら道中で金貨200枚の手形手に入れてるんだが? そんな端金いるかっ!!


 とは言わず、有り難く頂戴しておく。

 この依頼成功で俺はDランク冒険者にランクが上がるんだ、揉めることはない。


「では王都観光もとい、冒険者体験が終わったあと行くアテがなければウチの店を訪ねるがよい。

 タナカさんほど優秀な『書記』なら会計として雇って差し上げよう」


 清々しいほど上からものをいうルフォイ。

 まあ、会計に使える計算スキル「カルク」があるから会計ならできるが、それじゃあ今までと変わらない。

 ちなみに商人のジョブレベル2も同じく「カルク」が手に入る。


「あいにくと堅物過ぎて商売に向いていませんので。ルフォイさんの所で働いたら『どうして帳簿が合わないんですか?』と毎日詰め寄りますよ」


 と、こちらもやり返す。

 裏帳簿の片棒なんて誰が担ぐかよ。


 少し効いたのかムッとした後、そのまま振り向いて進み出すルフォイ。後をついていくセルゲイ達。

 そのときこちらを一瞬振り向いたセルゲイの様子がどこか気になったが、まあ勘なんて当てにならないので忘れて、俺も自身の目的に沿って歩き出す。


 まずは王都の浴場を楽しもう!


 マイヤーの家の屋敷に行くとしても旅の汚れは落としておきたい。

 十年年以上前だが王都に来たとき、一度だけ寄らしてもらったのだが王都のは何と湯船があるのだ。


 十年の月日で所々変わっているが、「図面作成」で王都の街並みをアップデートしながら歩き、目的地は変わらずあってくれた。

 銀貨五枚とそれなりにするが、前世日本人社畜の俺にとって湯船に浸かる以上の極楽など存在しない。


 まずは旅の疲れを癒やしてから物事に取り掛かろう。


「はあぁ〜〜〜、生き返る〜」


 汚い声を失礼。なにせ野営もあった旅路の後の10年振りの風呂なのだ。それにここのは天然温泉なのだ、身に沁みてしまうのも道理である。


 謎のサービスシーン()も終わり夕刻前、いよいよ貴族の屋敷へと向かっていく。

 流石に少し緊張している自分がいる。

 住んでいた街では手伝いで領主の屋敷に行ったことはあるが、直接話したこともない。


 他の貴族関連の人物との繋がりもあるが、それは家督を継いでいない者達だ。

 これから会う人物は子爵家の当主様。

 この世界には魔道具による電報のようなものがあり、簡単に今日マイヤーの知人が訪れることは伝わっているがそれだけだ。


 貴族の中でも一番位の高い公爵家の問題となるとどんな迷惑をかけるかわからないし、傍受の危険性も考慮して後は直接話すことにしたのだが、さてどうなるか。


 しかして中に招かれると、


「まあ〜、アナタがマイヤーちゃんのお友達ね!!今日はゆっくりしていってね、もうすぐ私自慢のパイが焼けるから、たくさん食べて!」


 っと恰幅のいい御婦人が自ら接待してくれる。


 えっ、この方がマイヤーの母親?

 何か貴族のイメージと違うどころじゃないんですけどっ。マイヤーから漂うとっつぁん坊や感のルーツを今、知る。

 それにしても友達はねーだろ。俺は三十八歳で、マイヤーだってもう三十歳になってるんだぞ。

 この年で小学生の友達の家に行ったノリは勘弁してほしい。


「いえ、あの、私は以前までマイヤーさんがお勤めしているギルドの部下だったものでして、その」


「いいからいいから、遠慮しないで食べてね。あの子、優しいいい子なんだけど素直じゃないところあるから上手くやっているか心配で……。仲良くしてあげてね!」



 話を聞いて貰えない。つっ辛い、帰りたい。ここには助け船を出す者もいない。


 ―孤独な戦いが始まってしまった。

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