第57話 快諾

 セリルさん。

 彼女は退職後もギルドとのツテで主婦層の仕事を作り、ギルドもまた安定かつス、ムーズに品質の良い納品ができるようになるなどの活躍をしていた。


 こちらに向ける笑顔には20年経っても色褪せない、人間的な美しさがある。


 年の頃はそれこそ、仕立て屋の女主人と同じくらいだが、向こうが仕事柄着飾って化粧もバッチリなのに対して、彼女は川での仕事もあるため、汚れたエプロンにスッピンだ。

 それでも明るい笑顔が何よりの化粧となって彼女の魅力を引き出していた。


「何も言わず、勝手に私が抜け、その間ウチのマイヤーが大変失礼をいたしました。

 本人も心を入れ替えやり直したいと言っているので、どうかお許しください」


 まずはこちら側の非礼を詫びる。


 俺が頭を下げると、一緒になって頭を下げるマイヤー。本当に反省しているようだ。


 これがブライアンなら信用してはいけないが、マイヤーはまだ30歳で肩書き不足での副ギルマスに就任したこともあり、かなり肩肘を張っていた。


 その憑物も落ちたようだ。

 彼はジョブレベルが伸び悩み、Cランク冒険者のときに連れて来られたが、それでは実績不足だとブライアンに半ば強引にBランクに上げられてから、副ギルドマスターになった経緯がある。


 そのことが逆に冒険者達や受付嬢から悪い噂になり、孤立しがちになった頃から歪み、貴族関連のコネで現状を打破することしか見れなくなっていた。


 まあ同情する気はないけどね。自身の都合で、周りに不当な不利益もたらす人間は害悪だ。

 ただ、反省して前を向くというのであれば奮い立ち上がらせ、導くのも先達者の務め。


 そう、これもまたダンディズム! 

   

 で、あるかどうかは知らないが。


「いいのよ、タナカ君。私のいた頃のメイスさんが特別紳士で優秀だっただけで、貴族出身の人はこれくらいが普通って聞くわ。

 でも、これからもお互いいい関係でいたいなら、改めてよろしくね、マイヤーさん!」


 っと子供を叱りつけるように、マイヤーに優しく、そして厳しく諭すセリルさん。いい母親だったんだろうな。


 そうなんだよ、マイヤーの前の前。

 俺が入った頃の副ギルドマスターのメイスさんは本当に紳士で、かつ優秀で尊敬できる人だった。

 

 優秀過ぎて外から引っ張りダコで、全然ギルドにいなかったが、俺が状況を整理し、ある程度仕事をマニュアル化させた後は「書記」のスキルなしで俺の休みの日の仕事を代わってくれるなど凄い人だった。


 ブライアンが自分と一緒で書類仕事が苦手だとか言ってたが、アンタと一緒にするなと言いたい。

 今では別の街でのギルマスも辞め、王都で王侯貴族の子息子女相手の教育係をしており、そのために外での勉強と実績作りでギルドにいたエリートだ。


 話を戻し、今後はマイヤーに任せていくことを伝えると、先にマイヤーには帰らせて二人きりになると本題に入る。


「セリルさん、ここからはただのお願いです。無理でしたら断っていただいて構いません。聞くだけお願いします。どうかギル―」


「いいわよ」


 こちらが思いつめたように話すのが嫌だったのか、珍しく、人の話を遮ぎって話し出す。

 ってえぇ! ユーリー並の察しの良さだ。


「色々とあったんでしょ。街で噂になってたわよ。まあ、それはいいとして、引き継ぎの話聞いていてもタナカくんが辞める流れなのはわかったわ。

 それで、私に戻って来てほしいってことでしょ」


 すべてを察せられ、付け足す言葉もないので言葉に詰まる。


「元々、あなたに全部押し付けて辞めたのは私だしね。子供ももう成人して働いているし、ここの仕切りだってそろそろ代わろうかってとこだったのよ。

 もうおばちゃんだから受付には立てないけど裏方なら、お手伝いさせていただくわ」


 とんでもない、セリルさんなら今復帰しても看板嬢だ。多くの冒険者が彼女の笑顔に見送られ『生きて帰ってこよう』と強く思っていた情景が思いますが浮かぶ。


 ただ、今回はあくまで裏方不足のお手伝いだ。

 負担は増やしたくないし、彼女にはジョブ「書記」があるしな。

 

 色々と口説き文句(決して男女の意味じゃないよ!)を考えて来てはいたが、すべて無駄になってしまったな。


 

 俺に残っているのは誠心誠意頭を下げることだけだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――


 地の文が主人公の一人称だったためここでツッコミます。


 「タナカさん、君セリルさんのときだけ態度違いすぎない?」


 

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