第56話 引き継ぎ

 昼過ぎから久方ぶりの出勤となった。

 体調もすこぶる良くなったので気合を入れる。

 中に入ると、皆が忙しそうに今朝方の依頼や登録冒険者達の記録、足取りをまとめている。


 ただ、忙しいのにも慣れてきたのか大きな混乱もないようだった。今まで現場に出なかった上役が頭を下げて仕事を教わっている姿が、逆に現場の人達にいいモチベーションを与えていたようだ。


 ただ現実は非情で、溜まっていた帳簿の方は悲惨な出来だった。これはよくあることだが、実際に忙しいと何処かに皺寄せがあるものだが、今回の場合はここ半月の帳簿、明細などの書類だった。


 王都と行来する行商人はウチよりも力を持っている大手なのだが、俺のいない隙にまあ、いいようにやっていた。

 俺が現場を見ていた頃から、何度も上役に注意喚起はしていたのだが、全て俺に一任して触れてこなかったのがマズかった。

 

 まだ数日なので手痛いで済んだが、もう半月試験に時間かけていたら不渡りを起こすところだぞ、これ。


 一つ一つの修整ではなく、まとめてやるなので効率的ではあるが、今日はもう引き継ぎやら教育やらは抜きにして、ひたすらに帳簿と向き合った。


 こうなると、数ある今の俺のスキルの中でも、有能なのが「書記」の低レベルスキルである『誤字添削』と表計算スキルである『カルク』なんだよな。


 ゴメンよぅ、超常ちょうじょうじゃないとか言って。

 メチャクチャ重畳ちょうじょうだったわ。


 さて、現場を見ないで裏で一気に片づけたので、何とか半日で、ある程度は目処が立ってきた。

 問題は今後だ。


 取引先相手との立ち会いは、もうこのまま反省したマイヤーに教育して任せるとしても、彼にも外との繋がりがあり、常勤とはいかないだろう。


 取引先への挨拶はスケジュールを調整するとして、素材の卸す運搬だけなら代わりの人間も簡単に雇えるだろう。関係性の維持や、トラブルのときには上役が動いてくれればいい。


 やはり常に帳簿と在庫管理、受付嬢の書類チェックを後ろでやる人間が必要だ。

 アイルさんには接客対応のリーダーとして全面に出ていてほしいし、サボっていたつけでこちらはからっきしだ。


 一番いい案は、俺の引き継ぎ期間中に他所から引っ張ってくることだ。

 

 そんな都合のいい相手がと、思うところだが一人だけ、俺には候補がいた。話を持っていくのは心苦しいが、頼りになるのはこの人しかいない。


 二日ほど業務をこなし、緊急トラブルも解決できてきた中、俺はマイヤーと共に取引先への引き継ぎの挨拶回りをしていた。


 今日行くのは以前、偶然マイヤーと出くわした民家の場所。毛皮を川で洗い、天日干しにして毛抜きをして、なめしの前段階をやってくれている主婦達を仕切ってくださっているお家だ。


 着く直前に髪と身嗜みを整える。

 白髪は以前からあったが、レッドウイングリザードの迫力にあてられて、さらに増えた気がする。


 まあ、いい。

 白髪の家系で逆にいえば禿げ上がる心配がないし、こっちでは黒髪はやや浮いていたからな。

 むしろ渋味が上がってダンデイーかもしれない。 

 などと、無駄なことを考えるのはこれから会う相手が特別だからだ。


 意を決し、お家のトビラをノックする。

 すると出てきたのは



「あら、タナカ君。久しぶりじゃない?」


「少しぶりですね、セリルさん」


 彼女は俺がギルドで最初に声を掛け、その後仕事を教えてくれた方、セリルさんだ。







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