第55話 ユーリー

 俺は絶望した。先行きが一気に怪しくなるぞ、と流されそうになるが、頭を振り持ち直す。

 そうだ、俺がすべきなのは絶望ではなく失望だ。

 くそ、いいとこもあるんだな、この婆さんと思った矢先にこれだ。

 相手は一国一城の主だ。簡単に情にほだされていては、店など立ち居かなくなる。


 それを身に沁みている歴戦のツワモノ相手に、俺は親身になってくれていると勘違いした初心者冒険者だったということ。

 我に返り、ユーリーを睨み


「流石にボリすぎだ! 少しは色つけようかな、くらいには思ってたのに失望させるなよ。

 第一、そんな金はない!」


 退職金が入るのは半月後だ、無い袖は振れない。


「ほう、それは困ったね〜。私は金貸しじゃあないし、ここはただのアイテム屋だ。ツケを認めたとあっては他の冒険者達に示しがつかない。

 じゃあ、せめて代わりの品を提供して貰おうか」


 雰囲気で察する、ユーリーの本命はこっちだ。

 一体何を―


「それじゃあ『錬金術師のレベル2の』用意できるかい?

 ルティアにね、使ってやりたいんだ」



 そのセリフを聞き一瞬で血の気が引く。

 つまり彼女は―


「何を呆けてるんだい?のかどうなのか、大方『知っておく』のが条件なら私が見せるから。

 赤の本ジョブスキルだから無理っていうわけじゃないんだろ?

 ボスを倒してきたってんなら、そういうことさ」



 もう、完全に確信していた。



「……いつから気がついていた?」


「アンタも地頭が悪いわけじゃないけど、頭の固さが察しの悪さに繋がってるね。

 まあいいや、前回契約書について聞いたのは半分カマかけだ。

 私はあの証文がスキルブックと同じ出土品か、アンタの作ったものかはわからなかったけど、アンタが勝手に吐いたのさ」


 まだ話が完全には見えてこないが、確かに『アンタの契約書かい?』としか聞かれていない。

 こっちならバレてもいいと話したが、それでスキルブックのほうがバレるなんて―って、あっ


「やっとこさ、察したようだね。

 私はアンタの『測量』のスキルブックと証文ががするのは気づいていた。

 あのときは流石に驚いたよ、商売人として悟られてはイケないんだけど、流石に態度に出たね」


 あのとき、俺にもわかるほど証文に反応してたのは、魔力の痕跡があるからってだけじゃなかったのか。

 つか、それであの程度のリアクションなのかよ。


「それでまあ、状況が飲み込めるまで泳がせてたってわけだ。

 ジョブのレベル9があの紙切れなら、スキルブックは10なんだろうが、伝説を超えた神話の話だからねぇ、ニワカには信じ難くもなるけどね。

 誰にも触れ回らないって約束をつければジョブスキルでも十分、お釣りがくるだろ?」


 ふう、しかしその場で詰問されなかったのは助かったな。今はやっとこさ、少しは自由な立場になったから何とかなるか。


「ふぅっ、降参だ。やっぱり婆さんには適わないや。レベル2なら作れるよ。昔ここで見せて貰ったろ、そっちは忘れたのかい?」


「はて? そんな昔のことは覚えてないね〜。何せ、婆だからさ」


 なんてニヤリと笑うユーリー。

 ホント一生勝てんわ、この人には。


 スキルブック作成まで気づかれるとかもそうだが、俺のダンジョン攻略自慢を『ふ〜ん、もう攻略ね〜、まあいいや』で簡単に流したかと思えば、それだけでジョブスキルまで解禁されてるのを察して、話ながら組み込んでいくその手腕とかもう神懸ってるだろ。


 ともあれ、バレたのなら仕方ない。


「明日、持ってくるよ。クールタイムがあるから一日待ってくれ。それと大事にしないでくれて助かる、ありがとうユーリー」 


「だから急に名前で呼ぶな、気色悪いだろうが!

 ふんっ、アンタは小心者だからね。

 そんなフザケたスキルを持っても放っておいてよさそうだし、私だけ知っておくのもメリットがある、それだけさ」

 

 全く、素直じゃない婆さんだ。

 せっかくの交渉材料をルティアさんのジョブレベル上げに使っちゃうとか優しさが滲み出てるだろ。


 過去に、同じジョブのレベルが1つ上の赤の本を使用すると、スキルを覚えるだけでなくジョブレベルも上がることが報告されている。


「ルティアにはね、私と同じ苦労はさせたくないんだよ。天才だった私は当時、宮廷でイビリや妨害があってね。

 それがジョブレベルの伸び悩みに繋がったんだ。若い娘にはしっかりとチャンスは与えたいんだよ」


 メッチャいい話だけど、さっきまでの俺のときとテンション違いすぎない?

 これが身内との差か、仕方ない。こうして話はまとまり、工房を出る。店番をしているルティアさんにも挨拶をすると


「タナカさん、今日は装備を着てないですけど、職員さんって呼んでいいんですかね?

 やっぱり職員さんはいつもの服装の方が似合ってますよ!」


 と笑顔で言われてしまった、そのまま店を出る。


 ったく揃いも揃って、気にしていることを。


―やっぱり俺って似合ってないのかな?

 そんなことを考えながらギルドに向かう「書記」であった。




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