第52話 凱旋

 ダンジョンを出て、係の人に魔石とボスドロップを見せて攻略証明書を貰う。

 これこそが、半月に渡る冒険の末、勝ち取った『宝物』だった。


 大事に魔導具袋にしまうと街へと戻ろう。


 道中に高級ポーションの効果が切れて、気分がハイから一転、ダウナーにテンションが変わり、仕方ないのでゆっくりと歩いて帰る。

 これは雑学だが、散歩の語源はそっち系らしい。ホントにどうでもいい。


 昼前には出発したのだが、街へ着いたのは16時前くらいにはなっていた。その頃には体調も回復してきたので、そのままギルドへと凱旋する。


 ギルドのトビラを開けると、やはりの喧騒だ。

 この時間は仕方ない。


 素材の買い取りに始まり、換金に浮かれてそのまま酒場に繰り出すもの、負傷者や依頼の成否の確認にと、ごった返すのだ。


 この光景を見るだけで、俺も対応しなきゃ、みたいな気分になるのは、やはり簡単には社畜根性が抜けないようだ。


 意気揚々と凱旋する気持ちが色々と抜け落ちていくが、職員の方はというと忙しくて、まだ俺がきたことには気づいていないようだ。

 様子を見ると受付嬢の方はアイルさんが中心になって、何とか持ちこたえている。


 元々は頭も切れ、要領もいい人だからな。

 要領が良すぎて、仕事の手を抜くのも上手いだけで、自分がやらなきゃとなればリーダーシップも発揮できるものだ。


 結局、権限がないから仕事を振るより、自分がやったほうが早い、という俺の社畜根性が彼女達の成長を阻害していたのかもしれない。


 まあ、権限持ったやつが現場を見ないし、現場任せてるやつに権限を渡さないし、舐めて仕事の手を抜いてきたのも全部自業自得だ。

 今、大変なのは俺を無関係に頑張ってほしい。


 手が足りないのと王都での会議、領主のお家事情も片付いたタイミングだったので、上役二人も現場で汗をかいていた。


 ブライアンは奥で帳簿と在庫確認だ。老眼が入っているのか、目を遠ざけながらにらめっこしている。

  マイヤーはというと、ララの空いた受付の席に自ら出て、応対していた。


 ララは今、どうしているだろうか。

 話を聞く限りでは、今日明日にどうこうなる感じでもなかったので、街で買い物などを楽しんで、リフレッシュしてくれてればいいのだが…… 。


 こちらに気づく様子もないので、普通に列に並ぶことにした。

 並ぶのは勿論、マイヤーの列にだ。


 一時間ほど待って順番が近付くと、隣のアイルさんが、先にこちらに気づいた。

 ハッとした顔をした後、横目にマイヤーを見る。


 その視線に気づき、自分がまた何か、やらかしたんじゃないかみたいな、ビクッとした態度の後、視線を追って、俺と目が合った。


「タっ、タナカさんっっ。 も、戻ってきた!」

「いいから、順番優先して、仕事、シゴト」


 驚き、慌てふためくマイヤーをたしなめる。俺の言葉にマイヤーも我に返って、目の前の仕事に戻る。

 受付に慣れておらず、人が捌けるのが遅い列だったので、俺の後ろには誰も並んでいない。


 全体を見渡すと、ギルドの方も幾分かは落ち着き出した所だった。

 少しくらいなら長話も許されるかな。


 俺の番がきた。


「遅くなってスマナイな、やっぱりボスは凄かったよ。腰、抜かすかと思った」


 実際、受け身を取ったとはいえ、空中から叩きつけられ、剣も振れなくなってたし。


 まあ、そんな謙遜も挟みつつも、誇らしげにDランクダンジョン攻略証明書と、ボスの魔石とドロップの爪を渡してみせる。


 これにはマイヤーだけでなく、隣のアイルさんにも驚きが伝播して、何事かと他の受付嬢や、裏からはブライアンも出てきて、こちらに気づく。


 うんうん、これこれ。

 喧騒で無視されて、ポツンとしていたことで欠けた自尊心が、ムクムクと沸き上がる。


 俺も案外チョロいな。


「えっ、これってどういうことですか?

 初心者の森への実地研修の筈じゃ。 これってレッドウイングリザードの爪ですよね。それに攻略証明書も……」


 マイヤーがあ然として言葉が出ない中、横からアイルさんがいいリアクションを取ってくれた。


 その言葉に対して、俺の口は自然と反応した。

 どうやら、「強制証文」のギアスから解放されたようだ。



「すまないな。俺、冒険者になったんだ」



 余計な言葉など挟まず、ハッキリと答えた。






 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る