第32話 彼の事情
彼女の話を、いや彼女の俺への言葉を聞き、感情を抑えられず涙が零れてしまった。
そんなことは前世含めてこの40年間、一度もなかったというのに。
『タナカさんは優しいから。いつも自分を犠牲にしてでも誰かのために働いて。何もできなくても一緒に悲しんでくれる、苦しんでくれるって。』
俺は本当は優しくなんてない。けれど、彼女の言葉を聞いてわかってしまった。
俺のしょうもない正体に。
そうだ、俺は偽善者だったんだ。
俺は誰かに感謝されたかったのだ。何も成果や勇気、実力を認めて欲しかったわけじゃない。
俺は周りの人が困っていたら手を差し出して「優しいね」と声をかけて欲しかっただけの小心者。
前世で妹のため進学を諦めたときも、どちらの世界でも社畜をやっていたときも変わらない。
これじゃあ、いつまでたっても冒険者らしくなれないわけだ。こんな言葉一つで報われた気持ちになれる安い男なんだから。
こんなだからブライアンなんかに上手くコキ使われるんだよな。
妙に納得し、そして一人で勝手にスッキリしてしまった。目の前には困惑している女性がいるというのに。
「ああっ、スマナイ。一人で勝手に盛り上がってしまったね。」
二度の社畜生活で、もう自己犠牲は真っ平だ。
そんなもの結局は続かないし誰も助けられない。
けどそれと、
『助けたいと思ったのに、自分に嘘をついて自分のためだと誤魔化して手を差し伸ばさない。』
は、違うと思う。違うと思いたいんだ。
そして、自分の正体に気づかせてくれた彼女を助けたいと思ったのなら、心に従い助ける。
それが本当の自由業、冒険者なんじゃないのか。
幸い、俺は自己犠牲なんかしなくても助けられる力を手に入れ、、、る予定である。
うん、今日昼前はEランクダンジョン2階層から逃げ出したけど。
「まずはせっかく外に出て、貴重な1ヶ月の休暇を貰ったんだ。楽しむだけ楽しんじゃえ。」
重い雰囲気にならないように伝える。
つか、俺は勤めてから20年間、今回の試験までそんなのはなかったぞ、羨ましい。
「そしてその後、お家に戻っても絶望することはないよ。色々調べて、君が不幸になりそうだとわかったら、そのときは必ず助けにいく、約束だ。」
うん、今のはちょっとダンディズムがあった筈だ。
急に泣いたかと思ったらクサイセリフを吐く俺。
恥ずかしさから顔が赤くなるが、それにも増して彼女の顔が赤くなった。
「そんなこと言われたら信じちゃいますよ?
でも、元気貰えました。今日は話を聞いて下さってありがとうございました。」
ん、信じてないな?話も終わりそうだし、最後にこちらからも礼を言おう。
「いや、こちらこそありがとう。
何というか、憑物が落ちたよ。それと、信じてないようだから約束にこれ、持ってて。」
記念の魔石を渡す。変に心を縛るものなら、ないほうがいいだろう。
「気の利いたものじゃないけど、俺の記念品だから失くさず持っといてね。そのうち返してもらいにいくから。」
彼女は両手で受け取り、胸の前にもっていくと少しだけ目を瞑り、それから「ハイッ」っと、明るく返事をしてくれた。
そのまま立ち上がり、店を出て別れる。
夜風に当たり、気持ちを切り替えた。
さあっ、明日はマイヤーのくたびれた顔でも見てくるかなっ。
あとがき
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連続投稿
いかがだったでしょうか?異世界転生ものにあるまじきしみったれたお話でしたがそれもここで終わりです
ララ嬢がヒロインに育って本当に良かった、危うくユーリールートにいくところでした(汗)
蛇足ですが前前話のゴブリンのトラウマとは6話のとある1日のゴブリンのお話を今話の回想で広げ回収する予定の伏線でしたが流石にクドくなりそうでしたので割愛しました
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