第13話 一財産
軽い昼食を住ませ、次に向かったのはこの街唯一の上流向けの仕立て屋だ。
個人で関わったことはないが数年前に受付嬢の制服の一新したいというギルマスの要望で何度か打ち合わせに向かったことがある。
当然売るのは「裁縫」のスキルブックだ。
仕立て屋も料理人と同じく「ジョブ」扱いではない職業で「裁縫」の高レベル者が主にやっている仕事である。
基準は結局よくわからない、この世界の神の気まぐれだろうか。
できればお店に入らず他の従業員やお客を避けたいが、待ち伏せして警戒させてもことなので以前利用した裏の従業員口から声を掛ける。
「ごめんください、店主にお会いしたいのですがいますでしょうか?タナカと申します。」
できれば名前は伏せたいが流石に名乗らず面会は無理だろう。幸い応対した従業員は会ったことがなく、そのまま奥へと呼びにいった。
「まぁ、これはこれは。制服の追加ですか、職員さん。」
と、奥から婦人が現れる。
「いえ、今日は個人的にご相談がありまして、できれば店主に直接お願いしたいのですがお時間どうでしょうか?」
職員としてではなく個人ならば大口というわけでもなし、懇意にして得になる上客というふうでもないがこう来られては断りづらい。
大方いい年してお見合いの服でも用意したいが気恥かしいのだろうがまあ、軽く聞いてすぐに他の従業員に任せようと、
「ええ、どうぞこちらに。」
と、とりあえず中の応接間に案内する。
2人きりになりこれ幸いと俺は
「実は今日は買いにではなく売りにでしてね、これはおそらくこの街で一番必要な方にでもと思った次第で。」
と、「裁縫」のスキルブックを取り出す。
瞬間、店主の顔色が変わり、部屋を出るとお茶はいいから誰も来なくていいと外に告げ、鍵をかける。
「本物⁉本物なの?私は以前オークションで実物を見てるのよ、騙されないわ!!」
と、まくし立てる。
相当興奮しているようだ、無理はない。
彼女は以前王都の老舗で働いていたがライバルがオークションで競り勝ち、それ以降は力の差がつき追われるようにこの街にきた経緯がある。
その時用意した軍資金が金貨40枚で落札額が45枚、今でも悪夢を見る悔しい過去だ。
「落ちついてください、勿論本物です。私のような平の人間が貴女のような大物の相手に騙しなどしてはもうこの街では生きていけませんよ。」
「ふん、どうだか。さっきは個人としてきたなんて言ってたじゃない。あなたも真面目そうな顔して大胆なことするわね。」
と案の定横流しと勘違いされる、まあ仕方ない。
「信じては貰えないでしょうがこの件ははじめからギルドは関係ありません。
まあ、手に入れてすぐに使われれば何かあっても知らぬ存ぜぬできるわけですし、余計な詮索はなしでいきましょう。」
「お互い取り引きが終われば今日のことはなかったことにね、まあいいでしょう。問題はそれが本物かどうかよ。」
彼女としてもここでのスキルブックによるレベルアップという事実をなかったとにし、王都を離れた後の弛まぬ努力で実力をつけ、見返すというサクセスストーリーを頭の中で積み上げる。
そして話しながらも食い入るようにスキルブックに目をやる、確かにこれは今でも悪夢に見る本物と遜色は見当たらない。
彼女の執心ぶりを見てイケると確信した俺は、
「ではこうしましょう、実はここにもう一冊同じものがありまして。」
と、もう一冊の「裁縫」のスキルブックを取り出した。
「なっ、2冊ですって!!信じられないわ。」
と驚愕な表情もしつつも内心では、
(2冊っっっ!!もし本物で2冊あれば確実にあのア○ズレキャサリンを出し抜ける!!)
と興奮が漏れ出す。
「この街の発展のためです、1冊なら金貨30枚、2冊なら50枚と勉強させてもらいます。2冊ならば1冊試して見ていただいてそれからお代を貰いましょう。もちろん証文に予めサインしていただきますが。」
この証文がなにかは説明せずとも伝わるだろう。こちらも一冊使われてから白を切られるなんてリスク、取るわけがないのである。
「わかった、それでいいわ。50枚ならなんとかここの金庫にあるし、私の腕への投資はこの店では当然だもの。」
なんて横暴なことを言い出した。平静を装ってるつもりらしいが今にでも本を引ったくってきそうな目をしていて怖い。
今は軍資金が必要だし仕方ないが早めに独立してこの商売から抜けようと、そう思った。
その後は
長居はせずに次へ向かおう。
一度手に入れた大金を整理してからギルドに顔を出し進捗のチェックをする。
この20年休みの日でも職場に顔を出さなかった日は数えるほどしかない、帳簿の抜けや発注業務が済むと後は流石に任して夕方には切り上げる。
夜、とあるそこそこグレードのある宿屋に併設されているレストランで一人の男と会う約束をしていた。男の名はグレイル、領主の家の専属料理長だ。
実は「スキルブック作成」に覚醒した翌日の領主の息子の結婚式だが午前に式の後、領主の家の庭先で盛大な祝賀会があった。
代理出席の副ギルマスはここぞとばかりにギルドを臨時休業にし、受付嬢にウェイターを、俺には裏方の手伝いを命じていたのだ。
本来ならウンザリするところだが一計を案じ、lvの上がった「料理」スキルを駆使して料理長に近づくことにした。
仕事ぶりを感心され、終わった夕方に残った裏方たちでささやかな打ち上げをしているところ前世の知識も織り交ぜた料理の話をすると料理長のグレイルが食いついた。
こうして日を改め気になっていたというレストランでの食事へと誘われたのだ。うまく休みを調整し、楽しい食事と会話をした後本題を切り出した。
「ギルドの酒場程度ですが料理に携わっているものとしてグレイルさんを尊敬いたします。
実はツテで手に入れたものですがこれはやはりあなたにこそ相応しいものです。ぜひお譲りしたいものがあるのですが。」
と勿体つけて懐から本のタイトルをチラ見させる。すると酒が入って弛緩していたグレイルの顔が一瞬で引き締まり、手で制したところで
「続きは私の家で飲み直さないか。」
と誘ってきた。
招待された部屋で彼は単刀直入に、
「短い関わりだが料理の腕を含め君は信頼できる。あまり揉めたくはない、出せる金額は金貨25枚だ。どうか私に譲ってくれないか。」
と頭を下げてきた。慌てて頭を上げさせる。
全く三者三様の反応でこちらも疲れてくるが一軒目でいいようにあしらわれ、2軒目では上手く2冊捌けて金はある。
相手は実直な男だ、がめつく気は失せていた。
「商売するつもりはありません、これは今日の懇意の印です。
元手のあるものなので金貨20枚でお譲りします。
但し、お互い口外しないための証文のサインだけはお願いします。」
そう告げると彼はがっしりと力強くこちらの手を握ってきた。
遅くなる前に部屋を出、寮へと戻り安い粗悪なベッドにダイブする。
今日だけで金貨80枚、一財産だ。以前までコツコツ二十年貯めていた額が金貨18枚なのだから馬鹿らしくなってくる。
緊張のあった交渉事だったがやっとこさ気が緩み、笑みがこぼれた。
あとがき―――――――――――――――――――――――――――――――――
お読みいただき感謝です。
私は主人公のように誤字添削スキルは持ち合わせていないため見つけ気になりましたら是非報告お願いします。
ここまで書いての感想
ヒロイン候補を散らばめたつもりが今の所婆さんが第一ヒロイン候補なんですがこれが38歳(前世含めると58)主人公の限界なのか?w
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