言えない恋

青いバック

フラッシュバック

 二度目の5月7日。私は、生暖かい風を全身に受けながら、学校へ向かっていた。


 夏の匂いが少し香る。太陽が燦々と照り、肌を焼く。


 太陽で肌を焼いてる少女。時乃風景ときのふうけいは、高校2年生の平凡な女子高生だった。


 小学六年生の頃から切ってない、髪の毛は、腰まで伸びている。目はぱっちり二重で、友達からは羨ましいと言われている。体型も文句なしで、完璧少女。といった感じだ。


 角を曲がろうとすると、自転車が飛び出してきた。時風は、自転車が飛び出してくるのが分かっていたかのように、避ける。


「ごめんなさい! 怪我はしてませんか?」


「大丈夫ですよ。気をつけてくださいね」


 謝られた時風は何事も無かったかのように、また学校へと足を進める。


 塀の上にいる犬は二匹。ここで鳥が飛ぶ。歩きながら、町の風景を頭の中に記憶していく。日課という訳では無い。一つの疑問を解消するために、今日からやり始めたことだ。


 そして、ここを歩いているとあの人が。


「お、時乃じゃん。 おはよう」


「おはよう、幾月いつき


 時乃の恋する少年。早風幾月。


 スポーツ刈りの、筋肉質の体型。170センチでサッカー少年の彼には、お似合い。


 幾月とは、高校に入学してから出会った。席が隣同士になり、授業中にノートに絵を描き見せあったりした。どんどんと仲が良くなっていき、友達になってから二年目とは思えない程に仲は深まっていた。


 親友、というポジションをずっと確立する存在だと思っていた。でも、違っていた。


 人間の本能は恋するように出来ていて、時乃は知らず知らずのうちに、幾月に恋心を抱くようになってた。


 最初は、自分の心を否定していたが会う度に膨れ上がる恋心に負けしまい、つい最近やっと認めた。そこからの行動は早かった。露骨に好意をチラつかせたり、遊びに誘ったりしたが幾月が鈍感すぎるのだろうか。全然効果が出てないような気がしていた。


 段々と自分に魅力がないんじゃないかと思い、何をとち狂ったのか、時乃は告白をしてしまった。


 告白をして、何が起きたか。それはあまりにも理解し難い、非現実的なものだった。


 そう、時が戻ったのだ。5月8日に告白をした、時乃は前日の5月7日にタイムリープをしていた。


 朝が覚めた、時乃は夢だと思い頬を抓った。夢だと、頬を抓っても痛くないと聞いていたが、とても鮮明な痛さが頬を襲った。


 痛みが走った時乃は、現実なのか夢なのか分からない狭間で揺れながら朝ご飯を食べ、学校へ向かうことにした。


 向かう途中に起きた全ての出来事は、全て体験したことがあった。


 角を曲がったら自転車。一度は引かれ、軽く怪我をしてしまった。二度目はちゃんと避けた。


 塀の上にいる犬二匹。飛ぶ鳥。そして出会った幾月。何もかも再現VTR。


 明日になれば、また私はとち狂って告白をする。もし、今日。今、告白すれば5月6日に戻るのだろうか。


「ねえ、幾月。好き、付き合って」


 時乃の視界が真っ暗になる。意識の糸が、切れた。何も考えれない。聞こえない。幾月の表情が分からない、今どんな顔をしてるの。


「……はっ」


 ベットの上で目が覚める。カーテンの間から漏れる太陽の陽。さっきまで外に居たのに。


「カレンダーは……5月7日だ」


 携帯を開き、日付を確認する。画面に表示されたのは、三度目の5月7日。


「……戻ってる」


 時乃は混乱する頭を抱えながら、起きたことを整理していた。


 5月8日に告白しても、7日に告白しても、戻るのは5月7日。つまり、これは一方通行のタイムリープなのか。


 5月9日に行ったとしても、戻るのは5月7日へ続いてる一本道だけ。他の分岐ルートはないということ。


 だとしたら、抜け出す方法はあるのだろうか。そもそも、ループするトリガーは何なのか。


 誰かへの、告白。これがトリガーだとした場合、母親でも可能なのだろうか。


 早速、リビングで朝ご飯を作り終え一息ついている母親に愛の告白をしてみる。


「お母さん! 大好き! 結婚して!」


「何よ、急に。 気持ち悪いわね。 ちょっと、景。朝ご飯食べないの?」


 意識が途切れない。母親への愛の告白では、ループしない。


 時乃は娘の大好きを気持ち悪い、と一蹴した母親を睨みつけながら部屋へ帰る。


 愛のベクトルが違うから、ループをしなかったのか。幾月の愛は、ラブ。母親への愛は、ライク。この違いで、ループが起きてないのかもしれない。


 なら、次に試すのは。


「あ、もしもし? 梨花? 急だけど、大好き!」


「え、あ? 朝っぱらに電話かけてきたと思ったら、何よ。 急に愛の告白? 景、私も大好きよ。 じゃ、電話切るわね」


 友達の梨花に電話をかけ、愛の告白をする。簡単に受け流されたが、そこは別にどうでもいい。重要なのは、ループしていない現状だ。


 やはり、ライクではループはしないのかもしれない。男の人へのライクはどうだろう。


 女の人への、ライクはトリガーにならないのかもしれないが男の人へのライクはトリガーになるかもしれない。


 時乃はそう思い、お父さんに試すため、再現VTRの中で生きていくことにした。


 見慣れた景色の中過ごすのは、退屈だった。何が起きるのか、分かっていて過ごすのはこんなにも退屈なのか、と時乃は思った。


 しかし、三度目の数学の小テストは満点だった。頭の良さが中の下の、人間にとっては嬉しい特典だった。


 太陽が勤務を終了させ、月に交代した時お父さんは帰ってきた。


「お父さん! おかえり! 大好き! 結婚しよう!」


「おぉ、景。 帰ってきてそうそう、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


「貴方、それ私にも言ってたわよ」


「な、なんだ。 そうなのか」


 愛の告白が自分だけではないことに、落胆する父など気にもしなかった。


 また、タイムリープが働かない。男の人へのライクも駄目。やはり、ラブだけがタイムリープのトリガー。


「あら、早風ちゃんから電話だわ」


 お母さんが、早風ちゃんと呼ぶのは、幾月のお母さんだ。私達が仲良くなったことによって、家族ぐるみで仲が良くなった。


「え? 幾月君も、愛の告白をしてきた? 景もよ。 変な偶然があるものね〜」


 母親の電話の内容など、一切興味が無い時乃は、今ある情報をまとめるために部屋へ帰りノートを広げる。


 タイムリープは一本道で、どこかへ逸れることもない。そして、トリガーはライクではなく、ラブの方。


 ラブの感情を持つ相手は、幾月のみ。なら、幾月に告白をしなければ、時は進む。


 だけど、好きという感情は本人には伝えれない。私から言うことで戻るのならば、私では無い誰かに、幾月への感情を伝えてもらえれば、ループをせずに済むのでは。


 最高の策を考えついたと思った時乃は、梨花に電話をかける。


「あ、もしもし? 梨花? 恥ずかしいんだけどさ、幾月に私が好きということを言ってくれない?」


 幾月へ告白をしていないのに、時乃の視界が暗くなる。


 あれ、おかしい。告白をしてない。駄目だ、考えれない。


「……5月7日」


 四度目の5月7日。告白がトリガーではなかった。


 トリガーは、他にある。ラブの告白をすること。仮説の域に過ぎないが、誰かに幾月への感情を言うこと。


「お母さん、私、幾月の事好きなんだ」


 また視界が暗くなる。


 そして、5度目の5月7日を迎える。


「……なんで」


 精神がおかしくなりそうだった。誰かに助けを求めたい、安心を得たい。その一心で、電話をかけたのは、好き。その二文字が言えない幾月だった。


「もしもし? 幾月? 急に電話かけてごめんね」


「ううん、大丈夫だよ」


 電話越しに聞こえる幾月の声に、安心感と不思議な感覚を覚える。普通のように振舞っているが、どこかおかしい幾月の声色。


「幾月、何かあった?」


「え? いや、何も無いけど」


 何も無い。そういうくせには、見えないなにかに脅えているようだった。


 時乃は、この好きの感情は誰にも言えない。そう確信していた。


 有り得ないことが、当たり前のように起きてまた5月7日を繰り返している。


 なら、なら。これを最後にしよう。辛いけど、さようならをするのは辛いけど。5月7日に留まりたくない。


「ねえ。幾月、大好き」


「なあ。景、大好き」


 視界が真っ暗になり、幾月が最後に言った言葉もまともに聞けなかった。


 なんて言ったのかな。聞けなかったけど、求めてる言葉だったらいいなあ。


 また訪れる、5月7日は私の恋を捨てさせた。

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