リスタートⅢ

 棺桶に横たわらせているケイジを起こすため、管理制御用モニターを起動する。ジュンの移し替えが完了した時点で起こしてもよかったけど、コイツのことだ。また面倒なことになりかねない。一通り確認作業を済ませ、あとは起動のボタンを押すだけになった。この作業も初めてだ。揺れ動く指先をしっかりボタンに合わせる。棺桶が開き、ケイジの体がリクライニングで起き上がってくる。待つこと数秒、目を覚ました。

「?初めてのことだな」

 珍しく怪訝な顔をするものだから僕はせせら笑ってしまった。

「そうだね。君はいつだって寝てばかりだからね。初めてのことが多いだろうさ」

「随分なことを言ってくれるじゃないか。それも病床にふける者に」

「病床?君こそ自分の状態をよくお分かりのようで何よりだね」

 なぜだろう。今まではケイジが起きた時はうれしさが勝っていたはずなのに、どうも腹の奥底が淀んでヘドロばかりが吐き出されてしまう。言葉を継がず、こちらの様子を射抜くように観察するケイジに僕はかぶりを振って仕切り直すことにする。

「悪かったね。実はいろいろなことがあったんだ。これまでになかった結果のオンパレードさ。だから、少し、感情的になってしまったんだ。許しておくれ」

 ケイジは流し目で僕を見ながら棺桶から出て、手近なぬのっきれをひっつかんで身に纏う。ついでソファに座って肩を竦ませつつ両腕を軽く広げ、話の続きを促してくる。

「今回の顛末を説明しよう。今回の被験者の氏名はサクライ ジュン。彼の生まれは――」

「作品情報はどうでもいい。問題に必要なのはこちらに移した後の経過過程についてだ。だから、今回このように俺がまた起きる結果に至った原因が探れればいいんだ。しかしそうだな。まずはなぜ今回はこの揺り籠に俺がいることになったのかから聞かせてほしい」

 額を抑え、貧乏ゆすりをしている。一体何に焦っているのか。僕らに時間なんてものは有り余っているというのに。僕は溜息をひとつ吐き要望に応える。

「ジュンはこのプロジェクトの全貌を知ってもなお、自我を溶壊せず保つことができた。一度はこれまで通り〝有意識の牢獄〟に囚われて非行に走ってしまったけれど、自分の体や存在が全くのオリジナルでないという事実を知ってむしろ安定してしまった感じだね。反応としては同じように拒絶ではあったけど、それは元凶たる君への拒絶だった。この体が元来自分のモノではない事実を知ってしまっては私が私であると言うにあたっての歯切れが悪くなるってさ。なかなか君に似ているところがあったよ」

 ケイジは今度は口元を抑え、思案顔だ。

「他に、何か違うところはあったか」

 僕は即答する。

「彼は〝目的〟に強い執着があった。そのためだけに生きているというほどにね。内容については聞けず仕舞いだったけど、僕らの味に近いようで遠いもののような気がする。精神死についても問い詰めたんだけどね。そんなものはどうだっていいってさ」

「目的か。確かに、これまでの奴らになかったものだな。他には何も?」

「私の目的は到達基準が曖昧でかつ完璧主義のために判断が難しく、終わり自体想定していないとも言っていたね」

「未完でもって完成した自己か」

 組んだ手にケイジは額を何度も当て、揺れる。しばらく様子見をしていると、いきなりすっくと立ちあがり、その場で右往左往を始めた。さらにまたしばらく経つと豪快なガッツポーズを決め込んだ。

「そうだ!!

 今回は自己が完成しすぎていたために天井が開き、俺を引き継ぐことを拒否した。これまでは人生終了時点で自己も完結してしまったために自己矛盾を引き起こし、溶壊してしまっていた。

 ならば!!

 自己完成前、自己という定義が曖昧でまだ完成も完結も程遠い者に引き継げばいいんじゃないか?いわゆる大人に成る前の子供、中学生や高校生のような年頃だ。自己矛盾なんぞ起きようはずもない。自己成長過程ならば、こちらの世界の常識をその土台に組み込められる。もし仮に、俺との人格の揺れがあったとしても誤差あるいは成長と捉えられるだろう。

 どうだ!?ポート!!早速始めよう。享年設定をいじって………そうだな、手始めは一四歳にしよう!」

 初めて人を殴った。全身全霊でもって殴った。吹っ飛んだケイジはなおも訳が分からない顔をしている。

「ふざけるな!!僕に何度人を殺せって言うんだ!!これまで十一人もこの手で看取ってきた。それでこの手が血で染まってくれればよかったのに、それさえままならなかった!!お前はいいよな!!ただのんきに寝てさえいればいいだけだ!!ああ!!心の痛む余地もないだろうさ!!あの表情。あの表情だ!!君がその体を壊し、戻ってきた時にしていたあの恐怖の顔と同じさ!!何度も友人になった。何度も親友になった。親友の顔だった。僕はどうしてやればよかったんだ。どうすれば………僕たちは救われたんだ」

 僕は椅子から崩れ落ち、ただ床を見る。アイツの近づいてくる音がする。僕の頭上で止まり、肩に手を置く。

「それは、心中察してやれることができず申し訳なかった。この通りだ」

 ケイジが土下座をして見せてくる。僕の視界に入るようにとんでもなく低姿勢だ。腰もしっかり。

「だが、なら尚のことなんじゃないか。今投げ出せば、これまでの彼らへの献花、そしてポート、お前の大味を欠いてしまうんじゃないのか」

「何を言ってるんだ、君は」

 居住まいを正し、僕をまっすぐ捉える。神妙な面持ちでもって言う。

「実験の継続を依頼する」

「ふざけるな、と言ったはずだろ」

「決してふざけてなんかない。お前は言っていたな。それも満足げに。今回のジュンとやらが目的を持つことによって精神死を乗り越えたのだと。

 俺は思う。

 充実はしていないが、枯渇はしていない。心許なさがあるからこそ、安定して上向きでいられる。

 悪くない」

「それはつまり、君にとってこのプロジェクトこそが目的だということか」

「どうだろうな。しかし、考えてみてくれ。俺が言ったのは実験継続の提案ではなく、依頼だということを。頼む。俺を助けてくれ。いつもお前が求めること、だろ?」

 僕はもう一度殴った。その勢いのまま、棺桶脇のモニターに集中する。

 ケイジはそそくさと入って扉を閉めてしまったからもう顔は見えないけど、通り過ぎる一瞬得意げな顔をしていた。

 忌々しい。

 ケイジについても、僕についても。結局、僕も僕から逃げられなかった。実のところを言えば、捨て置けなかった。この在り方に中毒になってしまった。嬉しがる僕がいる。

 やっと、もっと先の道を望めるかと思えたのに。彼に顔向けできそうにないな。

 本当であればランダムで享年設定がなされるところをいじって、一四歳に設定する。その他設定、配線の確認を済ませ、あとはゲームスタートのボタンを押すだけになった。

 何に祈ればいいのかは知らない。けれど祈らずにはいられない。

「今度は子供か」

 僕はもう二度とこの輪が廻らないことを切に祈って、焼き直しを始める。









以下、あとがき


 ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。筆者の新木にいぎ一生いっせいです。


 今回の彼らのお話はここでとりあえずは終わりとなります。


 どうでしょうか。


 ポートとケイジは何が問題だったのでしょうか。そして彼らの先には希望があるのでしょうか。極論すれば、今とこれまでの自らを放棄する意味での死は救い足り得るのでしょうか。


 また、先般よりChatGPTが盛んに取り上げられ、AI分野における一つのシンギュラリティを意識させられます。しかしなぜ我々は人工の知能を、人間の代替ができるほどの強いAIを求めるのでしょう。人間の本質を知ることにつながるというのも聞いたことはありますが、働き手などは別段、人間の数が増えればよかっただけではないでしょうか。無論、少子高齢化が過度に進む日本においては望むべくもなくなってしまってきているとは思いますが。便利さや効率のためといったとしても、なぜ便利さと効率が必要なのでしょう。人生の時間が増え有用に使えるようになりますか。どうしたところでそのすべては社会に還元されるところかと思います。本当仕事はどうして増えるのん。


 それと、皆さまは「期待」と「信頼」についてどのような考えをお持ちでしょうか。私はここで述べてきたところを強く感じるところでありますが、また別の見方というのもあってしかるべきかと思います。


 まだまだ聞かせていただきたいことはありますが、ここまでとしておきます。感想・レビューを書いていただける方は是非ともよろしくお願いします。推敲するにも、自分だけではこだわりばかりの物になってしまいますし、より広い見方をしたくもあります。本当に軽い感じでもよいので感想だけでも寄せていただけると嬉しいです。


 初めての著作で拙いところが多かったと思いますが、時間を割いたうえ読んでいただけて大変光栄に思っています。次作も執筆しています。今回よりは文体はライトになり、内容はふわっと重い異世界ファンタジックになると思います。何を言ってるかよくわかりませんが、二〇二三年五月二五日より公開するつもりです。


 では、また会える日を楽しみにしております。長々と付き合っていただき、本当にありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メビウスの冠 新木一生 @K0M4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ