真実Ⅴ

 初戦後も順調に勝ち上がっていってしまった。次は準決勝だ。さっさと負けてくれればよかったのに。とうとう、自らの拳で戦うことを至上とするプレイヤーと当たってしまった。これまでは仮想の武器で攻撃しあうだけだから、実際の体に損傷はなかった。

 けれど、こういった手合いともなると違ってくる。どつかれた部位は痛みが本物で永続ダメージ加工とは違った、重さと鋭利さを兼ね備える。なにより、頭部と心臓へのダメージは想像を絶するらしい。過去に試合中に拳で頭を滅多打ちにされたプレイヤーは損傷個所を換装しても数週間意識が戻らなかった。相手も相手でワンパンで吹き飛ばないようぎりぎりの力で頭蓋を捏ねていた。そのプレイヤーはそれっきりこのゲームから離れたとも聞いたけど、本当に求めていたものにつぶれるとは皮肉なことだと思う。

 選手紹介もそこそこに、クロメットと相手のパニーチャがフィールドに進み出る。パニーチャは響きこそ中身のなさが光るけれど、オーバーペインではベスト10常連で実力のあるイカレ野郎だ。それにしてもクロメットが出る試合だけ、観客のブーイングが凄まじい。

 ステージが決まった。何十本の柱が整然と立ち並ぶだけの簡単なものだった。ただし、僕ら観客と違って本人たちには夜の視界が適用され、見えづらくなっている。これは………ちょっと、パニーチャに有利じゃないか?これまでの試合履歴を見直してみる。こんなゲームに出場しているくらいだから、遠距離系の銃とか弓を使う者は確かに少ないけど、それらと当たった場合には全部ステージはこうした極端に視界の悪いステージだ。豪雨だったり、深い霧だったり、今みたいに単純に夜設定だったり。これは運営が一枚噛んでるな。

 だとしても問題はないか。それなら彼の面が割れることまではしないよう言いつけてはいるはずだ。いいや?これまでもそうだったか。違うプレイヤーが相手ではあったけど、彼らはみんなその顔を割られてきた。しかも決まって準決勝。今回もここで運を尽かされるんだろう。祈る対象もいないから、もう僕には終わりを待つしかない。迅速な回収のため、視界右上に中継を繋ぎながら僕はクレアに勘定を済ませ、黒いばかりで先の見えない世界を無我夢中に駆ける。

 試合が始まった。

 クロメットはまずは少し進んで手近な柱に隠れ、様子をうかがう。

 パニーチャはジグザクに進んでいるが、まっすぐにクロメットに接近していた。

 一枚噛んでいるどころではなかったらしい。相手にだけ視界不良の条件を付け、一方的に詰め寄ることを可能にさせている。あれだけ純粋な目をしていれば流石に判る。

 クロメットとパニーチャの距離は七メートル。

 クロメットは十五メートルほどから足音を聞き、方角を探っている。しかし、定めきれない。時折撃って牽制するのでやっとだ。

 パニーチャは圧倒的有利な状態でもその牽制弾に過敏に反応する。なぜ陸でそんなにバタ足をするのか。ひょっとしなくてもバカなのか。クロメットの目が慣れてしまえば負けは確実だというのに。

 悪態もつかの間。パニーチャが大きく跳躍した。両腕で頭と胸を守りながらだ。これなら当てられたとしてもHPが削り切れられることはない。

 頭に引っ付き、背中を大きく逸らして渾身の一撃を披露する。

 クロメットは伸ばされた腕を逃さず掴み、手、肩、胸と撃って、最後に首に巻きつかれた太ももにも撃ち込んだ。

 連続の銃撃の痛みに耐えかね、パニーチャが地面に落ちる。

 クロメットはさらにパニーチャの胸の撃った個所を踏みつけ、残りの弾丸すべてを撃ち込んだ。

 パニーチャのHPは底を舐め、試合が決着する。僕が会場に着いた時だ。試合終了のブザーよりパニーチャの笑い声が響き渡る。

 会場がどよめく。

 去ろうとするクロメットのヘルメットは割れ、顔が露出している。

 誰かが言う。

「おい!あれってケイジじゃねえか!ほら!あのフィルムクリエーターのさ!」

「ほんとだ。ケイジだな。あの顔は」

「けど、肌のお気に入りは褐色じゃなかったか?髪も確か白だったろ」

「でも、あれは紛れもなくケイジの顔だ。おんなじ顔は使えねぇ決まりだろ」

 ブーイングはすでに立ち消え、入れ替わりのコールが大きくなる。

「ケイジ!!ケイジ!!ケイジ!!ケイジ!!ケイジ!!ケイジ!!」

 クロメットは両ひざをついて動かない。顔を、いや目を覆う。目を閉じても無駄だろうに。

 始まるか。

 見えている半面しかわからないけど、徐々に肌は褐色に、髪は白に染まっていった。前の持ち主の身体設定に切り替わっているんだろう。 そしてきっとその眼前にはこの名前が表示されている。


 Kage


 彼は倒れた。

 僕は一目散に駆け寄り、回収する。運営やケイジのファンと思しき輩が出て来たけど、誰にも触らせやしない。担ぐや否や、僕はトップスピードで駆け抜ける。プロジェクト進行中は全力ではできないけれど、日々の人助けに奔走するには必要な足だ。

 目的地は終点と始点の重なる、あの塔だ。あの塔の一室が僕らの死に場所だ。

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