真実Ⅳ
僕はチャンネルを変えた。とうとう無視も決め込めなくなった。もちろん、アルフェの備え付けとはいえ、自分の世界から消すことはできる。でも僕の見えないところでなお存在する事実を知ったうえになってしまうから、どうしても腹立たしさまで消し去ることができない。
「おい!見てたんだぞ!勝手に変えんじゃねぇよ!」
窓際族の一人が吠えてくる。極々いつも通りに、昼から安酒をゴクゴク腹に入れ込んで、顔を真っ赤に染めている。かわいげなんかありゃしない。
「そんな遠くからじゃろくに見えないだろ。そんなに見たいなら自分の目の前に出した方がいい。まさかそんな仲良しで向かい合って唾を吐きあうのが嫌ってわけもないよね」
「なんだとテメェッ!!」
男は立ち上がり、僕に一気に詰め寄ってきた。今ばかりはその赤ら顔は酒のせいではないらしい。平常の僕なら余計な面倒ごとは避けるはずなのに、今日は未だに虫の居所がつかめない。
「おいおい。そんな怒ることじゃないじゃないか。僕は君らのゆーじょーを褒めてるんだ。いつもいつも本当に仲良しそうで何よりだって。羨ましい限りだね」
目の前に拳があった。
鈍い音が鳴ると、じんわりと急激に痛みが機能しだす。
僕も殴り返そうと振り向くと男は見慣れた手によってその伸ばした腕をつかまれていた。感触からして鋼製の男の手が低く軋んだ音を立て、少し潰れる。
男は顔を歪め、さっと手を引いた。
クレアはにっこりと微笑んでいる。
「店内での騒動はご遠慮願います」
長いことどうして料理や配膳くらいしかしない彼女がそんな規制上限ギリギリの出力設定にしているのか謎だったけれど、今判明した。クレアはチャンネルを元に戻し、腰に手を当て咎めるように言う。
「ほら。これでいいんでしょ。さっさと戻った戻った」
男は素直に引き下がっていった。確認して、彼女は振り返り怪訝な顔をする。
「ポート。いくら何でもあなたらしくないわ。見たくないなら削除すればいいだけでしょ」
「分かってる。けど、あんなゲーム、あるだけでも人間を貶める。なのに、みんな寄ってたかって見てさ。気持ちが悪いんだよ」
僕はライブ中継されている『オーバーペイン』を指さす。
「そうは言ってもね。やっぱり、店としては流した方が盛り上がるからね。お客はあなただけではないし」
僕はさらなる反論のため、モニターを真っ向切って見据える。それだけのつもりが、僕は立ち上がってしまっていた。その中に彼が居たからだ。内側をうかがい知れない、黒いフルフェイスヘルメットをかぶっているけど、彼だ。これまで散々っぱら見てきた僕にははっきりと分かる。見間違うはずもない。僕はすぐに運営にコールをかける。六コール目でようやくつながった。
「なぜ彼が出場しているんだ!事情を説明して彼らには参加させないよう約束したはずだろ!禅譲プロジェクトについてだ!」
向こう側からは心ばかり程度の狼狽をにじませられて
「それは承知していたんですが。今回の彼の憔悴ぶりと懇願に負けてしまいまして」
「それはいつものことだろ」
「ええ、ええ。まぁ、そうかもしれませんね。ですが、ちゃんと条件として「初心者の決まり」と言ってフルフェイスのヘルメットをかぶせましたし、大丈夫でしょう」
「だから!それがいつものことだって言ってるんだ!大方、アイツと同じ顔がコロシアムに出現して、ドリームマッチだとか囃し立てて集客を狙ってるんだろう!」
「違いますよ。私たち『オーバーペイン』はすべての人の感動のため、どんな参加者も観覧者も拒まない。ただそれだけです。それでは、またのご利用をお待ちしております」
「ふざけるな!無効試合にしろ、今すぐ――!!」
コールは切られていた。中継を見る限り、中止がかかる様子もない。実況の妙に晴れ上がった声が響く。
「さぁ!次の試合といきましょう!まずは白側、今回で出場九回目。そろそろへっぴり腰は取れて来たか!?名前負けにもほどがある!タイラントだぁぁぁぁあ!!」
呼ばれてフィールド内に歩み出てくる。プレイヤー名は本名じゃないことがほとんどだからこいつもそうだろう。確かに巨漢ではあるものの、背中が丸まって小さく見え圧迫感が全然感じられない。手には白いキューブ状の粒子が集まり武器が生成される。戦斧のようだ。これに僕はひとまずの安堵を得た。
「続きましては黒側!今回が初出場!正直言って顔が全くわからないからわからない!もしかすれば、もしかするかもしれない!その名も!クロメットぉぉぉお!!」
クロメットもとい、彼も歩み出てくる。興味がないにしても本当に適当な名前だ。見るにハンドガンで戦うらしい。そういえば、彼がよく興じていたゲームはFPSだったっけ。ただ、このオーバーペインでは銃を撃つとなればそれ相応の反動が付与される。お粗末な試合を免れるため練習はさせてくれるだろうけれど、彼が御せるのかどうか。大ぶりな相手に対して一定の距離を保ち続ければ一方的に優位に立っていられるにしても、大きな課題であることに違いはない。
「それでは今回のステージルゥゥウレット!スタァァアァト!!」
腕を振り上げ、その先で指を鳴らす。オーバーペインでは武器種による一方的な有利不利を軽減させるため、毎試合ステージがランダムで設定される。
「さぁ!止まった!決まった!ステージはぁぁ、市街地Dだ!」
半径百五十メートルのフィールドが大口を開け、セットがせりあがってくる。ぼろぼろの鉄筋コンクリート製の二、三階建てがほとんどで、道路にはがれきが散乱して歩くことも気を使わないといけなさそうだ。
「試合の準備は整った!!あとは闘うだけ!では、試合開始まで!
スリー!!」
観客のボルテージが高まっていく。
「ツー!!」
まだ終わってもいないのに総立ちだ。ああ、もう見守るしかないか。
「ワン!!」
銅鑼が叩かれ、試合開始となった。
タイラントもクロメットもまっすぐに駆けだした。中央の高台を目指しているようだ。高台は五階ほどで一番高くなっていた。
クロメットからすれば上からの撃ち下ろしは基本だ。相手が近距離武器ならなおのこと取っておくべきだ。先に着ければ索敵もできる。対するタイラントも開始時点でクロメットの武器が銃であることは把握しているため、高台へと向かっていた。こちらは先に着ければ待ち伏せして一発で仕留められる。
果たして。
先に着いたのはクロメットだった。さっと一通り見まわしてタイラントが来ていないこと、待ち伏せていないことを確認する。ついで彼は身を隠した。入ってこられる所のどこからも死角の位置だ。僕の予想とは違い、タイラントが入ってきた背後を撃つつもりらしい。思い直せば彼が持っているのはハンドガンだ。中距離以上ではあまり力を発揮しない。なぜアサルトライフルとかにしなかったのだろう。
会場からはブーイングが上がる。けれどプレイヤーたちには届かない。外野のガヤやヤジでプレイヤーの位置情報や作戦がばれないようにするためだ。一応の公平性を確保しているわけだ。
さて、遅れること一分ほど。ようやっとタイラントが着いた。と同時に軽く乾いた音が合図となって試合は終わった。
見事な頭に一発だったから、タイラントに痛みはなく、敗者のブザーとコールサインだけがでかでかと浮かび上がる。当人も全く何が起こったかわからないといった顔だ。
オーバーペインでは損傷個所にその傷の種類と程度による痛みが付与される。だけど、心臓や頭なんかの急所中の急所はセーフティーのために一発アウトの代わりに痛みはなしになっているのだ。
「おおっと!こいつぁ、一本取られたな!タイラント!今度はおつむも装備してきた方がいいかもしれねぇや!」
一層大きくなったブーイングの中、赤面した渦中の彼は立ち尽くしてしまっていた。ただ、ブーイングは彼を詰るものではない。クロメットに向けられたものだ。「正々堂々闘えや!カス!」「意気地なし!」など散々な言われようである。そもそも自傷目当てで来ている方がどうかと思うけれど、ここに居るような奴らにそんな考えはない。
彼はお構いなしにフィールドを後にする。実況は場の調子を整えにかかった。
「まぁま!こんな風にアタマ使った戦い方だってあっていいだろ!こいつぁ、むしろ新しい風ってやつさ!」
もうすでにクロメットの姿はないが、なかなか熱は冷めやらない。タイラントは依然立ち尽くしたままだ。実況は体を小刻みに揺らして瞳も連動させている。しばらくの間を経て、タイラントの足元の床が沈んでいきセットごと収納された。
「あー…ともかく!!次こそはみんなの期待に応えるカードが出揃ってるぜ!どっちも刃物だ!バッチバチの白兵戦になるから、飲む固唾を用意しておいてくれよな!!」
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