真実Ⅲ

 アルフェ備え付けのビューモニターが騒がしい。僕は横眼で睨みつけるように見て、鼻を鳴らす。最悪の気分だ。吉兆か凶兆かも判断がつかなくなってしまったんだから。丸々とした残りの氷を口に放り込んで、奥歯で豪快にかみ砕いてやる。大丈夫、こんな衝撃じゃ壊れなんかしない。そのまま咀嚼を繰り返し、熱で溶かし、一片の欠片も残っていないことを確認して嚥下する。駄目だ、全然気が澄まない。この言い回しもアイツを思い出してしまう。ここはひとつ手法を変えて気を休める方向で行こう。

「ねぇ、クレア。ちょっと話さないかい。今はもう昼下がり。窓際のいつもの連中しかいないし、あんなのにはドローン給仕でいいだろ」

「別にいいけど。散々な言いようね。そんなにあの人たちあなたにひどいことでもしたのかしら」

「いいや。ただ」

「ただ?」

「今はどうも、かみ合ってないというか、しっくり来てないっていうか。よくわからないんだ。頼むよ」

「まあいいわよ。オーダーは注文に限ってほしいけどね。付き合ってあげる」

「助かるよ。ありがとね。

 じゃ、この世界のことについて確認しよう」

「それって必要なのかしら」

「ただ整理したいだけさ。僕のもやもやに付き合ってくれるって話だろ。その一環だって」

「そうね。生返事で良い?」

「完全な独り言になるのが嫌っていうのが大半だからそれで構わないよ。作業を続けて?どうぞ」

「ちょっと後悔の二文字がよぎったわ」

「まず、初めに。僕らには死の概念がなかった。ついで、時間も流れという以上の意味もなかった。

 僕らはただこの星の管理をするだけの物にすぎなかった。感覚器官はただ最適な出力をするための入力のメイン方法だった。ただただ、それこそ機械的に作業をするだけ。クレアは覚えているかい?」

「もうおぼろげね。そのころって私たちに意識なんて呼べるものはなかったわけだし。アレね。物心つく前ってやつかしらね」

「だよね。僕もそうだ。正直、何も覚えてなんかいやしない。ただぼんやりと何となく、言われてみればあったなって。

 時は進んで、ある日。一人のヒトがリンゴが地に落ちる音を聞いた。これだけならなんて事のないことさ。でも、そのヒトは作業の手を止めてリンゴを拾いに行った。そしてかじった。元々、僕らには食べる必要性もないのにだよ。

 そう。そこで僕ら人類は初めて〝味〟を占めた。以降、ヒトは地上、地中、海中、宇宙のあらゆるものに手を出し、調べ、考えるようになった。より様々な情報を共有・活用するために寄り集まるようになった。作業はそのヒトの興味関心に基づいた一定の反復動作となり、仕事と呼ぶようになった。その仕事と仕事の幾重もの重なり・連なりも由来して社会が形成された。

 〝味〟は言ってしまえば興味関心のもとなわけだけど、クレアは何を占めたんだっけ」

「あなたと似たようなものよ」

「そんなわけないだろ」

「はぁ。ちゃんと似たようなものって言ったでしょ。相変わらず細かいわね。私は私が作った料理で人が笑顔になってくれればいい。あなたは、どうだったのかしらね?」

「僕は………人の喜ぶ顔が見たい」

「大味ね」

「うるさいな。僕にとっては一番美味しいんだ。

 ………話を戻すよ。ともあれ、人類は発展した。加速度的に、様々な物であふれるようになった。すると、次第に効率化を最上の価値に据えるようになった。人を笑わせるコンテンツも鋳型ができて、群となって系となった。おかげさまで流れはするする波及して面白いも、楽しいも、悲しいも、腹立たしいも、感動も。すべてがテンプレートに収まった。

 〝味〟がどんどん一面化し、薄れていく。

 僕らは行きついた。アイツが一番乗りだったけど、〝無〟の概念に行きついたんだ。そして、〝有〟が永遠と続くことに気が付いた。

 僕らは得も言われぬ恐怖に囚われた。

 そこでできたのが『オーバーペイン』と『オリジナル・フィルム』だ。

 『オーバーペイン』は世界から〝痛み〟によって自己を切り取るもしくは型抜きして、自己認識に〝確かさ〟を得ることを主眼に、『オリジナル・フィルム』は〝生老病死〟を人類に仮想的に導入することで〝有限〟を実現して、感情を揺さぶる〝ドラマ〟を作ることを主眼にするものだ。

 どっちも五百年以上も前にできたっていうのにまだまだ全盛だよね」

「見ている人も、やっている人も楽しそうにしているし別にいいと私は思うけど」

「どうかな。限ってしまえば、そこまでになってしまう。発展や進歩を信奉するわけでも保護するわけでもないけど、そのやり口じゃ僕らはただの入れ物さ。それでもって新しくものを詰めようとも思わないから空っぽのまま放置される。僕らは自意識?アイデンティティ?の空想に囚われているだけのヒトですらない、人形なんじゃないか。それぞれに糸を引っ張り合って狂演してる」

「それは彼の受け売り?」

「わからない。アイツから高説垂れこまれた気がするし、僕自身で出した答えのような気もする。ただ、どちらにしても僕はそう思っているよ。発端は問題じゃない」

「そうかしらね。もし前者ならあなたは彼の傀儡かいらいと言えるんじゃないの?」

「ハハ。手厳しいね。

 傀儡と言えば、この町の基幹AIたちのこともあったね。

 彼らは最後の最後までヒトだった者たちだ」

「話を逸らさないでほしいんだけど」

「………」

「ちょっと?」

「この星の管理活動を最後まで機械的に続けた者たちだ」

「はぁぁぁ。どーぞ。続ければいいじゃない」

「つまりは果実を食べておらず、〝味〟を占めていない者たちだ。彼らは目をつけられてしまった。先に人間になった者たち、効率と合理性を追求する者たちにだ。人間たちはこう考えた。町の行政・司法・立法を別のなにかにやらせた方が効率がいいんじゃないかってね。そして、彼らは〝味〟を植え付けられた。そのベースは人間の安心安全を守ることで、あとに行政か司法か立法かを添加されて分化させられた。

 すでに随分と胸糞悪い話ではあるけど、ここで終わってはくれなかった。

 電子上の人間って区分があるね。ちょうど、今回の彼が仲良くしているヘレンがそうだ。あれが何でそう呼ばれているかって言うと、最後の最後までヒトだった者たちを基幹AIへとカスタマイズする前に取ったデータをもとに創っているからだ。

 そのデータは祖データと呼ばれ、人類にまっさらな無限とも言い得る可能態を残すとして保管されていた。でも、ある時、より幅広い活用のため、祖データが一般に公開されるようになった。ヘレンと呼ばれる彼女はそのご主人であるミツカゲさんが取得して自分のメイドとなる〝味〟を植え付けたものさ。

 人類の祖データを基にし、その正統進化とみなされている人間と元を同じくしているために、その後獲得する知性と感性は人間と同等と言えるものに仕上がるとされている。そして、その存在は本来的にデータのみで肉体を持たない。

 だから、電子上の人間と呼ばれるんだってね。全身サイボーグ化が可能になったこの先は僕らと彼らの違いをどう定義づけるのか見ものだね。どうせ難癖をつけて優位に立とうとするんだろうけど」

「私は、共生の道もあると思うわ」

「それは限りなく可能性としては低いと思うよ。だって、基幹AIだけじゃなく、さっき言ったヘレンみたいに自分の身の回りの世話を焼いてくれる人たちがどこにでもいる。この町は、僕たちは最高のドレイと最高のカミサマを最高効率で実現したんだ。そんな楽な現状をみすみす捨てるはずもないだろ。『オリジナル・フィルム』のシミュレーションも見てみなよ。みんな、結局は自分の楽しか考えていないんだからさ」

「あなたには楽観視ってものが必要なんでしょうね」

「無理なこったね」

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