五日目 縫合Ⅴ
GIKOU
店内に入るや否や、私はすぐに彼の呼び鈴を鳴らす。一度目には出てこなかった。しかし、私にはどうしても確認したいことがある。それから三度しつこく鳴らすと、ようやく出てきた。ギコウのホログラムが中央に浮かんでいる。
「配達員の方ですか。手紙、届けていただけたようで。ありがとうございました」
「いえ、まだ完全には終わっていません」
沈痛な彼を吹き飛ばすように、言い放つ。
「あなたは待ってくれ、と最後に言っていましたね。何を言いたかったんですか」
「あの場所にいたんですか」
「はい」と返事をする。彼はその場でぐるぐると歩いて迷っている。決心がついたようでパッと顔を上げて止まった。
「ミツカゲは一人で大丈夫と言っていたでしょう?それにボクの服は私を介さなくとも人々に届くようになった、とも。私はそれを聞いて嬉しかった。言いたかったことはたったこれだけです」
正直分からない。この一件で、私はギコウが全面的に悪いとさえ思っている。ヒトの力を食い物にしている悪人だと。でも、ミツカゲを思いやる気持ちに嘘がないようで混乱するのだ。
「なぜ、嬉しいんですか。あなたは完全に拒絶されたんですよ」
「ええ、それはもう完膚なきまでにね。ですがそれでいいんです。むしろそれがいいんです。私の目的は達成された」
「……目的とは何ですか」
「彼の家に入ったのなら見たでしょう。彼の比類なき才能を。でも彼は部屋に閉じこもり、せっかくの才能をひけらかしだってしない。私が最初に食いついた時だってあまり進んで見せようとはしなかった。もったいない。もっと人々に知られてしかるべきだ。……私と違って。
私はこれと言って何の取り柄もなくてですね。やっとありつけた仕事も本当に誰でもいいものでした。対して、彼ときたら自らその才能をうずもらせているんですよ。私が喉から手が出るほどに欲しいものだというのに。
そこで私は思いつきました。彼の服を売り出してみてはどうか、と。人々が寄ってたかって買い漁る姿を見れば、彼は自信をもって外に出てきてくれるかもしれない。
結果は上々。思った通り、飛ぶように売れ、ほどなくして人気ナンバーワンになりました。楽しかったですよ。もっと多くの人に知ってもらうには、買ってもらうにはどうすればいいかで頭をいっぱいにするのは。それに結果も伴ったものですから、ようやっと私にしかできない仕事に出会えたと思ってしまったほどです。この時点でもうズレが始まっていたんでしょう。
それから私は段々と数字に囚われるようになっていきました。少しでも先月より売り上げが劣ればやけ酒をするようになりました。さらに、満足に絵を描けない私ゆえ全くの新作が出ないこのブランドはしっかりと右肩下がりになり続けます。それがちょうど一年前。私が彼を訪ねた頃です。その時に――」
「大丈夫です。その先は彼からも聞いて知っていますので」
私は話を遮る。彼はまだ話したいようだったが、知りたいことは知れた。理解したことを示すため、要点をまとめる。
「つまり、ギコウさんはミツカゲさんに、才能があることを知ってもらって、自信を持ってもらいたかった、もっと言えば〝自覚〟してほしかった。そして外に出てきてほしかったということですよね」
ギコウは生唾を飲み込んだが、抑えきれなかったらしい。
「違いますよ。きっと私は本当は強いのに弱い彼に取り入って、彼を通して特別になりたかったんですよ。そんなどうしようもないほどにクズだから、あんな愚かで非情なことをしてしまえたんです」
「ギコウ」
ギコウは落としていた視線を上げ、声のする私の方を見やる。しかし、声の主は私ではない。彼にとって一番聞き覚えのあるだろう、ミツカゲの声だ。虚を突かれた出来事にギコウは硬直している。ようやっと感情が追いついたようで今度は慌てふためいた。
「どうして?ミツカゲの声がするんだ?……まさか、全部聞いていたのか?」
「そうさ。本当はさっきので終わりのつもりだったんだけどね。そこの配達員さんがしつこくて、通話をつなげるだけだから、何かしてほしいわけでもないので、どうかってさ」
「お礼はぜひヘレンにどうぞ」
「後できつく言った後にするよ」
「それはよかったです」
フンと鼻を鳴らす音がする。ミツカゲは続ける。
「キミがまさか、少しは不純物があったけど、ボクのためにボクから盗んで店を開いたとは思わなかったよ。まぁ、後半はそっちがメインになったようだけどね」
ギコウは死刑執行前かのような青白い顔をしている。私はいい終わりになるように必死に祈る。
「でも、たぶん、ボクは感謝すべきなんだろうね。キミのおかげで確かにボクに服の才能があることを知った。それでお金を稼げることを知った。自分で稼いだお金でおいしいものがもっとおいしくなることを知った。ようやっと人間になれた気がするよ。だから言っておく。
ありがとう。
」
ミツカゲはホログラムを起動し、深く深く礼をした。それから柔らかく微笑む。
「一年か二年に一回、また一緒にお茶を飲むくらいはしよう」
ギコウは泣き崩れた。そして
「ありがとう」
と言って、「ああ、ああ」と何度も繰り返す。
ミツカゲはギコウが泣き止むまで待った。ギコウが最後の涙を落とし切ると、お互いの顔には屈託のない笑顔が戻っていた。
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