五日目 縫合Ⅳ

「これがあいつとボクの間にあったすべてだよ。どう?納得したんじゃないかい?」


 確かに、ギコウのしたことは自身で言っていたように許されざる行為だ。それにミツカゲはさらにデザインの腕を上げ、ヘレンの助けありきでも自分のブランドを立ち上げるにまで至った。ミツカゲにとってやはりこの手紙は必要ないんだろうことは分かりすぎるほどに分かる。しかし、私には約束がある。約束は守るためにするものだ。

「納得はしました。ですが、帰る気はまだありません」

「さっきの話では〝納得すれば〟だっただろ」

 彼はなじるような目で私を見る。私はにへらっと笑って

「素直に何も言わず帰る、とは言ってません」

「この期に及んでよくもまあそんな減らず口をたたけるもんだな」

「いえいえ、元からそのつもりですよ」

 彼は眉間にしわを寄せ、しっかりと睨みつけてくる。負けてなるものか。

「共通することが一つだけあります。あなたとギコウさんに共通することです」

 彼は表情は変えずに怪訝の色を混ぜ、顎で続きを促す。

「何も終わっていないんですよ。どちらにとっても終わりがない。ギコウさんには謝罪と仲直りの機会が、あなたには怒りを爆発させギコウさんとの縁を確実に切る機会がない。このままではずっと不透明なままで、その蔓がどんどんあなたの首を締めあげていくでしょう。……ミツカゲさんはそれでいいと思いますか。きっぱりと終わりにすべきだとは、思いませんか」

 私は手紙を差し出す。彼は考える。何分もかけて。

「……確かに、それはずいぶんと厄介だ。あいつに気にかけられているだけでも腹立たしい」

 彼は無遠慮に私から手紙を取る。そして「ヘレン」と呼びかけ、これまで私が後ろに隠していた彼女を表に出させる。

「ギコウにコールしてくれ。ホロ映像付きでよろしく」

「は、はい。主様」

 言って、彼女は準備する。すぐにコールの画面が表示され、そこにはしっかりギコウの名前が表示されていた。二コール目で彼が応答する。目の前にはギコウの全身ホロとミツカゲの確認用ホロの二体が浮かぶ。

「やあ、ギコウ。久しぶりだね」

「あ、ああ。久しぶり」

 ミツカゲは緩慢な動きとともに悠長にしゃべるが、ギコウはおどおどとしてぎこちない。ミツカゲは手紙を彼に分かるように掲げ、左手で指をさす。

「受け取ってくれたのか!?読んでくれたか!?」

 ミツカゲはゆっくりと首を横に振る。そしてじっとギコウの目を見、思いっきり左手を上に右手を下に振る。ビリッという音が響く。ミツカゲは手紙を引き裂いて見せたのだ。半分になった手紙をそのまま床に投げ落とす。

「読む必要なんかない。キミの謝罪は必要ない。君と仲直りする価値なんてない。ボクは一人で大丈夫。ボクの服はキミを介さずとも人々に届くようになっている」

「待ってくれ!!」

 ミツカゲが腕を大きく横に振って、ブツっと通話が切られた。ギコウの顔には最後の一瞬まで悲愴があった。

「さ、これでいいだろ。これでちゃんと終わった。君の言うとおりに。

 ヘレン、この配達員さんを玄関までお送りしてくれ」

 穏やかにミツカゲは言う。ヘレンはなおも悩ましげではあったが「かしこまりました」と返事をし、私の手を引くように誘導する。実体がなく、こちら側に有形力を行使できないというのに、私はすんなりと玄関へと向かっていった。


「すみませんでした。お見苦しいところをお見せしてしまいました」

 ヘレンは心苦しさを前面に出し、深く頭を下げる。

「君は悪くなんかないさ。ただちょっと、今回は難しい話だったんだろう」

「そう、でしょうか」

「そうさ。それに今回が初めてみたいなものなんだろう?彼の人間との交流は」

「はい」

「なら、なおのことだ。彼は人間とのかかわりで自分の心をどうすればいいか、何を感じているかも定かじゃなかった。だというのにあれほどのことがあって、猛烈な怒りの感情が溢れ出たんだ。丸く収められないのも無理はない。それに、本当に一人で大丈夫なようだからね」

 まだ彼女の顔は暗いままだ。あまり期待させるようなことはすべきではない気もするが、もう少し明るい顔になってほしい。

「一つ、頼んでもいいかい?」

 突然の要請に、彼女は反射的にくてりと首をかしげる。

「何をでしょうか」

「できればミツカゲさんの連絡先を教えて欲しい。無理なら君のを。まだ確かめた方がよさそうなことがあるんだ」

 希望の目が向けられているのを実感する。私はより確実にするために、しゃんと背を伸ばして見せた。彼女は一つ頷くと

「わかりました。では主様のものをお伝えします。勝手が許されないのは承知ですが、私もこれで終わりなんて嫌です。今がどうあれ、主様がこの家でギコウ様と話していらっしゃったときは、私ではして差し上げられなかった心の底からの笑顔をされていましたから」

 彼女の期待に全力を尽くすことを誓って私は首肯する。

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