五日目 縫合Ⅲ

――ギコウとボクは親友だった。


 ボクはもともと内気な性格でね。ある時たまたまの思い付きでやってみた服のデザインが楽しくて、それからずっと家に引きこもって描き続けていたんだ。話し相手はヘレンで十二分だった。彼女はボクが設計したというのもあるんだろうけど、外の人間たちと違ってボクの話に耳を傾け、反応をしっかり返してくれた。励ましてもくれたし、たまにどこで拾ってきたのかわからないような芸を披露して笑わせてくれた。僕にとっては充実していたんだ。

 でも何を思ったか、ボクは五年前に外に出たんだ。今では多分、ヘレンがいたとしても、自分が人間社会から隔絶した状態で生きていることにどこか危機感……いや淋しさがあったんだと思う。だってそうじゃなきゃ、この話はもう終わってるからね。

 ボクはここらへんで一番人の往来のある、あの大通りに行った。ボクのは暗灰色の石造りでススまみれになっているけれど、配達員ならわかるだろ?そして何の変哲もないカフェに入った。久しぶりに見た大通りに並ぶ店はそんなでも刺激が強くて疲れていたからちょうど良かった。

 ボクは窓際の席を取って、紅茶を片手にスケッチアプリを起動して描きかけだった服の続きをした。自分だけに見えるようにしていたんだけど、飲み物にそぐわず派手に手を動かすボクがよほど気になったんだろうね。一人の男が話しかけてきた。そいつがギコウだったのさ。

 出会ったころのギコウは、そうだな、まさに今のボクみたいな恰好だったよ。何もまともに手がつかないようで、髪色も目も服も設定してなかったね。今はどうか知らないけど、目の下のクマはひどかったな。

 見た目だけだと、正直早く会話を切り上げてしまいたかったけど、そうはいかなかった。あいつがあまりにもボクのデザインに食いついてね。もっと色々見せてくれ、と鼻息荒くしていた。ボクとしても、ヘレン以外に初めて人間に褒めてもらえたからうれしかったんだろうね。気づけば持ち出していたデータは全部見せていたよ。

 人とのつながりなんて容易く絶ってしまうようなボクだったけど、その後もあいつとの縁は続いた。週に一回、カフェに集まっては新しいデザインを見せて褒めてもらったり、意見を聞いたりした。楽しかったな。

 一年後、ギコウがぜひ実際に描いている所を見せてほしいと頼んできた。アトリエなんて言えるほど大層なものではなかったから一度は断ったんだけど、結局また彼の勢いに負けて家に上げた。

 ボクは話の腰を折られないようにと思って、ヘレンをシャットダウンした。……これがいけなかった。あいつがもう家にいる時にしてしまったんだ。しかも、ぎりぎり視界に入るような場所で。気を付けてたつもりだったんだけどね。

 でも当然だけどそんなすぐに行動を起こすわけもなく、その日は要望通り、あいつの目の前でデザインを進めていった。それがまたカフェの時のように習慣化した。

 二か月くらい経った頃もあいつは僕の家に上がっていた。その頃にはもうヘレンも会話に参加して何も問題がないことが分かっていたから、ヘレンも起きていたよ。夜が近くなって、空腹も感じてきたからそろそろご飯にしようとボクは持ち掛けた。ボクはあいつにすっかり心を開いてしまって、手料理でもふるまってやろうかと思った。でも、いつも無償提供のあの飯を食べていたから家にまともな食材なんかなかった。あいつはその時「全然また今度で良い」と遠慮して見せたけど、何となく食べてみたいような雰囲気を漂わせていたから、ボクはがぜんやる気を出して買いに出かけた。

 ボクは無事に材料を揃えられて、歩幅を大きくして帰った。でも家には誰もいなかった。ヘレンはと言えば、中途半端な場所で沈黙している。とりあえずヘレンを起こして訳を聞いてみると、急にシャットダウンしたらしい。これだけであいつを危険視するには十分だったのに、ボクは愚かしく良い方に考えてしまった。あまりの腹の空きで耐え切れず帰ってしまったんだろうってね。ボクはその後も努めて冷静に、慣れない中カレーを作ったっけ。

 翌週、週に一回は訪ねてくるあいつは来なかった。その翌々週も来なかった。そのまた翌々々週も。あいつはあの時から家に来なくなった。服のデザインなんか普通そんな毎週通って見るほどじゃないよな。あいつは絵が描けるわけでもないし。これはたまたまあいつの興味の矛先が一時的にボクだっただけだ。いや、変わったデザインの方かもしれない。ボクはまた自室で一人、服のデザインをする生活に戻った。

 元の生活に戻って一年。ボクはまた外に出てみた。家を出るときには「あのカフェに行ってみればギコウに会えるかもしれない」なんて期待を淡く抱いてもいたね。それで大通りに向かった。大通りは記憶にある店の並びと大きく違っていたけど、あのカフェはあった。あの時と同じく紅茶を片手に描きかけの服の続きに取り組んだ。しばらくして首のコリを感じて顔を上げて窓の外を見ると、対岸に新しい服屋があった。そう、それこそGIKOUさ。

 ボクはあいつと全く同じ名前なものだから、すぐ席を立って向かったよ。まさか絵の描けないあいつが服のブランドを立てているなんて。客もたくさん入ってる。やっぱあいつはすごい奴なんだ。ボクは誇らしい気持ちになった。

 それでどんなものを売ってるんだろうと店内を眺めた。そこにあったのは全部ボクのだった。見間違いようがない。ボクが描いたんだから。そこでボクの中にあったわずかな、けれども絶対に消えることのなかった疑念が一気に浮上してきた。


 あいつはあの日、ボクのデザインデータを抜き取っていったんじゃないか?


 ボクは店をかけ出た。確認なんかする必要もない。現に見たんだから。それ以上の証拠はない。それからボクは完全に外界との接点を絶った。またボクは引きこもってデザインを描き続けるようになったってことさ。何なら前よりどっぷりのめり込んで、スピードもクオリティーも上がったよ。今じゃ、ヘレンに手伝ってもらってだけど、実店舗なしで売買もやってそこそこ人気もある。

 でも一年前のことだ。急にあいつからコールが来た。「なぁ、また家にお邪魔してもいいか」ってね。ボクは願い下げだったけど、時間を経て気持ちも落ち着いてきたから本当かどうか確認しておくべきだと思って、承諾した。

 あいつの身なりはずいぶん変わったよ。髪は金髪、目は黄色にしてボクのデザインした深緑のスーツをキメて来た。それだけでもはらわた煮えくりかえりそうだったけど、どうにか抑えた。そして聞いた。「キミはボクのデザインを盗んだな?」って。「それで金儲けをしているな?」ってね。

 あいつは悪びれもしなかった。むしろボクに「ゴーストライターにならないか?」なんて持ち掛けてきやがった。ボクは遂に怒り心頭に発してあいつを物理的にも追い出した。

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