第4章 低温熱傷

目標達成

 最初の仕事から半年が経った。


 私は今日も今日とて手紙を届けるため、町を回っている。あの時と比べると一度に抱える手紙は三つに増えた。自分のやり方もそれなりに見つかってきた。「順調」と濁りない笑顔で言うことはできないが、十六通渡すことができている。思い返してみると、中身を読まれもせず捨てられたのは最初の仕事だけだったか。今でもチクリとくるものの、結末は一概に悪いものでもなかった。

 ミツカゲが言っていたように年単位ではあるも一緒にお茶をするとなって、先日実際に行ってきたらしい。ヘレンからお互い微妙な笑顔で会話をしているところの写真が届いた。ただ、あの時のような居心地の悪さを感じることはなく、どのくらいまで踏み込むべきかを探っている感じであったので前進する意思は共通しているんだろう。それに、満面の笑みで映り込んで手を振っているヘレンもいる。ミツカゲの隣を歩けるようになったようで何よりだ。

「おっと」

 物思いに耽りながら裏路地を歩いていると人とぶつかりそうになり、今日の昼めしを守る。

 甘辛く煮た大ぶりなシイタケと玉ねぎのスライスを挟んだバーガー。珍妙でシンプルな組み合わせだがこれが旨い。価格は二二〇と安く、サイズも大きい。七味も私好みにどっさりかけてきた。それだけに落としたくなかった。

 無事に守り抜き一息つく。そしてふと顔を上げる。この狭い空にさえ入ってくるランドマークタワー。

 落ち着きを思い出した最近、妙にまた気になってきてポートに聞いた。返答は

「あー……、あれは前に話した発電施設だよ。実際中がどうなっているのかは聞かないでくれよ。なんだって僕の専門じゃない。あとヘタに近づくんじゃないよ。ほら、発電施設とあって、危ないからさ」

とのことだ。いや、本職がシステム管理にしたって、案内人業もやっているのだから教えられてしかるべきなのではなかろうか?これではあまりにもざっくりが過ぎる。というかほぼ注意だ。それに私が聞きたかったことは「あの部屋」が一体何だったのかであって全体ではない。仮に発電施設だったとしても、休憩室でもない、人間の横たわる部屋があるのはおかしい。訝しむも、取り合うことはなかった。

 突然、コールが鳴る。今しがた思い出していたアイツからだ。

「なんだ?」

「明日は暇かい?そろそろおカネも貯まってきた頃合いかと思ってね。暇なら君の目標を達成しに行こうじゃないか」

「目標?」

「そうそう。改造するんだろ?身体」

「ああ!確かにもう全然余裕だったな。明日、は木曜か。まぁ、おそらく大丈夫だろう。一応テラに確認を取っておくが、そのつもりで構わない」

「そうかい。それじゃ明日、十三時にアルフェでよろしく頼むよ」

「おう」

 通話を切る。私はすっかり冷めてしまった昼めしを胃に放り込み、大手を振って無収穫の日を歩く。




 翌日 アルフェにて集合後 寂びれた雑居ビルにて


「ここは?」と私。ポートが答える。

「目標地点さ。さ、入るよ」

 言って、彼は遠慮なく入っていく。エレベーターに乗り込み五階へ。

 扉が開くと、内装はコンクリートの打ちっぱなしで随分と無機質だ。加えて、照明も頼りない。奥を見渡そうとして目を細めていると、女が歩いてくる。

 緑髪に琥珀色の瞳、すらりとした長身に白衣を纏っている。だが、その風貌は医者というよりかは研究者と言った方が適切に感じる。女は私を見て、ついで隣のポートを見た。

「またあんたか。いつまでも懲りないね」

 ポートは気まずそうに頭をかく。

「悪いね、今回も頼むよ。代金は払えるからさ」

「ま、きちんと払ってもらえるなら問題ないさね。それ、そこのをこっちの台によこしな」

「ありがとね。それじゃあ、ここに寝そべってくれるかい」

 誘導に従って、台に寝そべる。私はこれから何かの実験台にされるのではないかと不安になり、すぐに目をつむる。心持は散髪後のシャンプーだとでも思えばいい。構えていると、酸素マスクを装着され注射を打たれた。段々と意識が遠のく。麻酔らしい。最後、女と彼の会話が断続的に残る。

「とり……三じ……せて……」

「いや……もっと……ないか」



 次に意識を取り戻したときは六時間経っていた。目を開けて彼がいるかを確かめる。

「ポート、いるか。終わったのか」

 ガタッと椅子から立ち上がる音がする。

「ああ、終わったよ。お疲れさま。そのまま体を起こしても大丈夫だよ」

 彼に背中を支えてもらいつつ起き上がる。視界にはシステムの起動中を示すUIが表示され、生体認証の後ユーザーが確定。ほどなくしてスマートグラスと同様になる。

「どうかな?システムとデータはそのまま引き継いだよ。違和感はないかい?」

「ない」

「よかった。じゃ、街並みサービスを起動してみて。ここの内装はただのサボりで、そこまでこだわりがあるわけじゃないから変更できるはず。それに、この陰鬱としたところからさっさと離れたいだろ?」

「おい?」

 女が怒り気味に奥から言ってくる。ポートは左手で小さく円を作りながら「いやぁ、ほら、冗談だよ」と見るからに焦っている。私はその様子に短くため息をこぼし、関わり合いにならないため操作に集中する。こっちを見るな。後悔するならそもそも種を蒔くような真似をするじゃない、あほう。

 私はいろいろとある中で、「温室」を選んだ。これは町並みではなく一室程度を変更するものだが、草花が多く確認にはもってこいだろう。

 薄暗い部屋が一気に陽光差し込む温室に様変わりする。私は息を全て吐き出し、一気に吸い込んだ。草の青臭いにおい、土のにおい、花々の甘い香り。外では鳥が爽やかに鳴く。葉を撫で、花を撫で、土を触るとどれにも確かな感触がある。試しに葉をかじってみると、さすがにこれは反応しなかった。

「うむ、ちゃんと機能しているようだ。あー、名前はなんでしたっけ」

「セレーナさ」

「セレーナさん、どうもありがとうございました。おかげでこちらの世界をもっと楽しめそうです」

「そいつはよかった。ま、もう慣れちまってなんとも思わんしそんなかしこまらなくていいさね。……割増しで払ってくれるならいいが」

 私はきっちりと最初の金額を支払い、少し深めのお辞儀をしたあと、グラスを回収し、まだ打開策を考えているポートの首根っこを掴みながら離れた。

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