テラの依頼

「あれ、ジュンさんすか。テラさんが探してたっすよ」

 身体を改造してからさらに二週間後の給湯室内、昼下がり。声をかけてきたのは窓口の担当職員だ。男で見た目も若く、軽い敬語が特徴的である。半年も働けばそれなりに顔が知れるようになり、知り合いも会話も随分増えた。

 私はというと、先ほど一つ手紙を渡せられて気分がよく、程よい疲れを全身で堪能するために局に戻って来ている。今はコーヒーを入れるためのお湯を取りにきたところだ。私はポットにお湯をためつつ聞く。

「テラさんが?何の用か言ってましたか?」

 職員は瞳を右へ左へと首と連動させて揺らす。

「さあ?何なんすかね。急ぎではないっぽかったすけど……、あーっと、ああ!手紙っぽいの持ってたっすね!追加のキョヒテじゃないっすか?」

 そういう彼は左の手のひらに右こぶしを当て納得したように見せる。ちなみに「キョヒテ」とは特に若い言葉遣いをする人々が「受取拒否の手紙」を指す略語だ。私はなかなかしっくりこず、未だ使ってはいない。

「追加ですか。尽力の甲斐あって減っていくのはいいですが、増えるのは喜べませんね」

「そっすよね~」


 バタン!!カッ!カッ!カッ!


 近くの扉が思いっきり閉められた音の後に勢いのある足音が遠ざかっていく。従業員用出入口に向かってだった。

 何事かと思って通用路に顔を出すと、お気に入りのクッションを抱え、配達員用鞄をパンパンにしたシエラの後ろ姿が見えた。これから配達なのか。

 それにしてもあんなに持ったところで一日で回りきれるわけもないだろうし、なぜクッションまで。一体どうしたのだろう。

「あれ。シエラさんっすよね。ジブン、あの人苦手なんすよ。すげー美人で尊敬すべきところもあるってのは分かるんすけど、なんか近寄りがたいんすよね。いつも一段上に立ってるっていうんすかね」

 私はちらりと時計を見る。

「そろそろ戻った方がいいんじゃないですか。私は時間の制約があまりありませんけど、そちらはシフトがあるでしょう」

「あっ。そっすね。ありがとうございますっす」

 言って、軽く頭を下げつつ彼は仕事場に戻っていった。



 部室に戻り、高らかにかぐわしいコーヒーを鼻で口で堪能する。

 先日の施術で貯金の大半は持っていかれたが、実物のコーヒー粉を買い、フレンチプレス機も揃えられ、お湯さえあれば飲めるようになっている。今度はどこでもお湯が沸かせる携行ポットなるものを見つけたから買ってみるとするか。しかし、仕組みとして水を汲みいれて沸かす通常モードの他にある、水を入れ忘れたときなんかに空気中の水蒸気を集めて沸かせるモードには少し抵抗を感じる。いくら浄水機能があるからと言っても、誰の息から出たものとも知れない水分は想像するだけで気分が落ち込むものだ。その機能は本当に必要だったのだろうか。

 コーヒーの最後の一滴を飲み終わり、天井を仰ぎつつ一息つく。

 そのまま目線を下に戻すと、いつもの部室……ではない光景が広がっている。

 棚の手紙は今朝から少し減り、床に何通か落ちてしまっている。そして中央の連結された四つのデスクは、いつもなら左奥のシエラの席から放射状にお菓子や手紙が広がっているはずのところ、何もなくなっている。

 先ほど見た彼女を思い出す。

 お気に入りのクッションを抱え、パンパンの配達員用鞄を背負い込んでいた。扉を閉めるのも、歩くのも勢いがすごく、そして速かった。まるで逃げるかのような足取りだった。

 どうにも、面倒事のにおいがしてきた。大きなため息を吐いた後、両手で顔を覆う。


 コンコン


 控えめに戸が叩かれる音がした。それに私は「どうぞ」と言う。訪ねてきた相手を見ると、予想が的中しそうに思えてならない。



「どうかしましたか?テラさん」

 訪ね人は案の定テラだった。手には手紙が握られている。部屋を眺めて私だけなことが分かると、胸に手を当て安堵の表情を浮かべる。

「一つ頼みたいことがありまして、いいでしょうか」

 私はその目を見据え、ついで手紙を見やる。

「仕事の範囲内なら、対応はします」

「よかった。ではこの手紙を届けてはくれませんか。どうにも受け取ってくれそうになくて」

 テラは握る手紙に顔を向き変え、表情は窺い知れず、雰囲気しか読み取れない。

「不思議ですね。そういうことならばまさに私の仕事でしょう。なぜそんなに怯えているんですか」

「怯えている、ですか。どう、なんですかね……。それもありそうですが、おそらく意気地なしと言った方がいいかもしれません」

 言いつつ顔を上げたテラの顔には自嘲した笑いがあった。

 私は短く息を吐く。

「お受けしますよ。断る理由も何もありませんしね」

 テラの力ない手から手紙を受け取った。

 コードを見ると宛名が表示される。


 Siela


 やはりである。私は改めて瞑目して深く息を吸い、盛大に溜息を吐く。

 その様子を見てテラは一層申し訳なさそうな顔を浮かべると、私に深く一礼する。

「彼女を、どうかよろしくおねがいします」

 そう言い残し、彼は去ろうとする。しかしそこで私は絶好の機会を逃してなるまいと、彼の肩をがっしりと掴み、私のやり方を実行する。


「お話をお聞かせください」

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