追跡
「――彼女はここに囚われているんです――」
手紙にあるシエラの住所に向かう道すがら、テラの話を思い出す。それで大体のいきさつは掴めた。しかし、「囚われている」か。古い記憶が蘇る。私は頭を振っていつもの通り、意識の深奥へと仕舞い直す。まだ取り出すときではない。
シエラの家は郵便局がある地域から二駅ほど先にあるところだ。
降りて左手に向かえば横浜元町風のショッピングストリートに着くが、気にせず進む。そのまま少し坂を上がると彼女の家だ。
白亜の壁にオレンジのフランス瓦屋根と深緑の鎧戸を設えた西洋風建築。振り返れば丘上にあるために町を一望できる。できることならここでコーヒーの一杯でもしたいものだが、そのために来たのではない。
家に向き直り、再度観察する。
日は傾き始め、そろそろ室内灯をつけないと不便さを覚える頃合いだ。だが、いや正直言って案の定、明かりはついていない。それもそうだ。あのタイミングで脱兎のごとく去っていくということは、テラが手紙を渡したいことを聞いたからだろう。そして、何より彼女は受け取りたくなかった。その理由もなんとなくわかる。
であれば、現在はリスの頬袋のようにたんまりと手紙をため込んだ鞄を背負って、頭を空っぽにしようと東奔西走していることだろう。あのクッションを背負いながらと考えるとまた愛らしく思えるが、きっと自分のスクーターで回っているだろうから荷物置きに安置されているか。
それにしてもまったく、なぜこの部署には局正規の乗り物が支給されていないのか。半年働いている私でも徒歩が基本で、少し遠ければ今回のように電車に乗っていかねばならない。もう少し予算を割いてくれてもよいのではないか。この仕事が大変だなんだというのなら、できることからストレス要因を外していくべきだろうに。
考えを戻して。
あと今日以降の彼女の寝泊りはホテルか、友人――いるかは定かではない――の家かで、ここで張っていても仕方ないことも予想される。
しばらくの間、腕を組みまたさらに考える。
配達員バッジで彼女の位置情報は追えないものか。マップを起動し、機能をいじってみる。位置情報共有なるものがあったが、想起していたようなものではなかった。いわゆるともだち同士で承認しあった場合にできるらしい。なんだ?この軽度のストーカー養成アプリは。……今気にすることでもないか、また脱線してしまう。
その後も色々とマップアプリ以外もいじっては見たものの、これといった成果は上げられなかった。ので、この線の次の策として気まずいが、テラにコールをする。三コール目が鳴り終わらないくらいに応答した。
「ジュンさん、どうかしましたか?」
「ちょっと尋ねたいことがありまして」
「なんでしょう」
「あの、配達員の位置情報って追えたりしませんかね。シエラは自宅に帰ってきそうにないですし、それでいて手紙をたくさん持って行ったので仕事は続けるつもりのようでして、どこに向かえばいいのかわからないんですよ」
「なるほど、そうですか。ですがすみません。通常の配達員は効率的に回れるように位置情報を共有しているのですが、受取拒否再配達部の配達員においてはイレギュラーな動き方をする上、効率的に回る必要も薄く、組み込んでもさほど意味がないので共有はしていないんです。なので、彼女の現在位置をお教えすることはできないです、ね。そもそも、そちらのバッジにはその機能を入れてもないですから」
「わかりました。ではまた別の方法を考えてみます。一度局に戻りますが、お気になさらず。それでは切りますね」
「はい。頼むばかりで申し訳ないですが、どうかよろしくおねがいします。それでは」
通話が切れる。短く息を漏らす。
私は坂を下り、ショッピングストリートに向かった。
自席にてクッキーをかじり、またコーヒーを飲む。
クッキーはしっとりと柔らかく、チョコのチャンクも相まって口の中に甘みがまったりと広がる。そこに対照的な苦みの代表であるところのコーヒーを流し込むと、無限ループの完成だ。
考えを巡らせるときにはこの緩急がそのまま頭に反映される感じがしていい。
さて、どうしたものか。
クッキーを含み、ぼうっと部室内を見渡す。
半年間お目にかかることがなかったデスクの表面。自分が座っても良さそうなバーガンディーの革張りのソファ。床に落ちている何通かの手紙……。
手紙。手紙か。
シエラは手紙を鞄にこれでもかと詰めていった。床に落ちているのはその時に落としてしまったものだろう。
そうか。
私は今部室にあるすべての手紙を集めた。デスクはまた手紙で隠れてしまった。
一つ一つスキャンしていく。
これだけでどっぷりと夜は更け込んだ。
しかし、確かな成果が上がる。
局とつなぎ、スキャンデータと部署のデータを照合する。
ここにない手紙をあぶりだす。
数にして八十七通。笑みがこぼれる。
最低でも二年は戻ってくる気がなさそうだ。
私は彼女にコールをかける。
「はい、どういったご用件でしょうか。ジュンさん」
柔らかな声音だ。相手はミツカゲのもはやパートナーと言っていいだろう、ヘレンだ。
「やあ。久しぶりだね。少し手を貸してくれないかい?仕事でどうしても必要でね。八十七の地点それぞれから線を伸ばして多くが重なる点で、周囲を簡単に見渡せるところを割り出してほしいんだ」
「承知しました。ジュンさんには大変お世話になったご恩がありますから、私としてもいい機会です。それではそちらに行きますので承認してください」
視界に出た「来訪」の承認をし彼女を招き入れる。
彼女は私が出したデータに触れる。
あらかたの地域ごとにまとめる。
各点から線を引きあう。
そしてどこからでもいずれは通る点をリスト化し、周辺地形から眺めのいい何点かを割り出す。
「ここだ」
私が指さす地図に大きく打たれた点は、局から中心に向かって四駅先にある巨大な闘技場だった。近くには大きな交差点があり、その上には環状の歩道橋が架けられている。
「どういった施設なんだい?」
「ここは、ですね。『オーバーペイン』という決闘ゲームの常設会場となっています。あまり関りになることはお勧めしませんが、この建物のおかげで周りは開けているので、確かに最も適切かと思います。——すいません。ミツカゲ様が御用があるそうなので戻ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ありがとう。とても助かったよ。ミツカゲさんと楽しく過ごしなさい」
「はい!それでは失礼致しますね!」
彼女は思い切りのいい、弾ける笑顔で帰っていった。胸にはまだ頼りなくも温かい、ろうそくの火が灯る。
気付けば時計は日をまたぎにかかっていた。
私は大きく伸びをした後、自ら明日の扉を開け放ち、帰路につく。
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