第5章 溶壊

真実Ⅰ

 黒い、黒い、そして暗い。信号はすぐ分かる。僕の世界はきっと単純だ。だけどおそらく明快ではない。

 僕しかいないカウンター席にはロックのウィスキーが二つ並んでいる。手元のはもうすぐ空になる。もう一方のグラスはなみなみ注がれて外からの意気揚々な陽光を、氷を介してウィスキーが琥珀に染め返して、てらてらと輝いている。

「そっちのは飲まないの?」

 クレアがやや困った色を隠しきれないまま微笑みかけてくる。目じりは下がり、声色に弾みがない。気を使わせてしまった。だから僕はちゃんと返事をする。

「飲まないよ。これはアイツのためのだからね。多分そろそろ必要になる」

 おかしいな。舌がうまく回らない。ああ、お酒を飲んでたからか。

「……そう……」

 彼女は俯き、洗い立てで一点の曇りもないグラスをさらに丹念に磨き始めた。傍らでは氷が融けて軽い音が鳴ると、裏の面が表を向いていた。

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