シエラの過去 Ⅵ

 お祭りはつつがなく開催にこぎつけられた。

 山車は安全性はばっちりだったし、お祭りに似つかわしくないデザインでもなかった。舞台も各劇団、ダンサー、バンドたちの要望通りできたし、遅れもアクシデントもなかった。バザールだって、今のところ争いごとが起きずにやれている。あとは野外シアターからの花火で終わりだ。

 わたしはというと野外シアターの脇に立って音響周りをいじれる位置にいる。今回は骨董品のスピーカーを持ってきて設置してみた。みんなで観るなら映画館っていうのに倣ってみようと思ったのだ。

 今の時代ではこうして外で映像を流すにしても音はそのまま見ている人の耳に直接届けられる。だから、このフィルムを流すにあたってもこんな設備は必要なく、ただ音を届ける対象を会場内の人に限ればいいだけだ。方法も簡単。入場の時にレイヤー登録してもらえばいいってだけ。

 だけど、今回はしない。わたし企画のものだ。このくらい自由度を利かせてみてもいいだろう。

 日は完全に落ちて、そろそろ上映時間だ。集まった人たちはやっぱり物珍しいものを見る目になっている。これには内心、してやったりという気がしないでもない。いいや、確実に思ってるな、これは。だってワクワクが止まらない。ただ口惜しいところもあって、スクリーンにプロジェクターで映せればなお良かったなと思う。

 それにしても不思議なものだ。これだけ先の時代になったというのに、骨董品に関心が集まるなんて。実際、ここのところまったくの新しいものは出てきていなくて、出てきたとしてもあるものをいじいじしただけでそれほどの新鮮味はない。

 どうやら人は新鮮味が感じられなくなってくると、懐古に走るらしい。ロマンと夢と可能性の余地がまだまだ感じられて、無限に思われたあの時に還ることでこれからの無味をごまかす。

 わたしは最終の音量確認に入る。開場する前にすでに設定は済ませておいた。うん、その時と変わってない。大丈夫だ。マイクを手に取る。

「ご来場の皆々様、本日は当野外シアターにお越しいただき誠にありがとうございます。心輪フェスティバル初の、おそらくは世界初の試みです。そのような記録に残る機会にこうして集えられましたのは大変な幸運でしょう。

 それではお時間になりましたので、上映を開始しようと思います」

 やや大げさな言い回しになったけど、このくらいの方がこの場にはいいだろう。頬が熱を持つのは気のせいだ。

 それにしても結局、この新企画はわたしだけでやることになった。他の実行委員曰く、「そんなのは君の勝手だろ」だそうだ。きっとただ面倒なだけなんだろう。通常業務をやっているうえに余分に働くことになるのだから。もともと仕事は少なくとも自分がやりたいから始めたものであって、この委員はその範疇にないのだ。もしかしたら、自分から立候補して参加した物好きもいるかもしれない。けれど、今回に限ってはそれはないだろう。みんな早く終わらないかと時計を見る傍らに作業をしていた。

 まったく。思い返してみても腹立たしい。この企画が一番面白かったと言われることを願おう。

「今回上映しますのは、『オリジナル・フィルム』人気クリエイター、ケイジ氏による最新作です。ケイジ氏は依然制作中で目を覚ましていませんが、代理人を務めるポート氏のご厚意によって実現しました。しかし、こちらはまだ開発序盤のため、題は『ナンバー11』との仮題になっております。また、序盤とはいえ、約十六年を迎えており、今回ですべてを公開すると長大な時間を要するのでダイジェスト版、かつ明確なエンド無しでお送りさせていただきます。ご了承くださいませ。もしお気になられましたら是非製品版をご検討ください。それでは上映を開始します」

 再生ボタンを押す。上映が始まった。



 彼は幼いころから要領がよく、周りのみんなからいわゆる「できるやつ」という認識にあった。ショーガクセイの時には先生から他の生徒に教えるように言われることも多かった。

 わからないことは聞けなかった。両親は共働きで聞いても「今は忙しいから後に」と、答えてはもらえなかった。

 わからないことは自分で考えるしかなかった。足りなければ本に頼ってまた考えた。自分の中で理屈がつくまで考えた。それで疲れた頭と心はゲームと映画、読書での全能感で癒していた。

 ショーガッコウを卒業するころには彼は他の人に頼ってはいけないことを分かった。

 そしてこれから彼の中のプライドは膨張し、ついには『他人には頼らない』信条に成った。

 それでもか、そのせいか彼は憧れた。物語のヒーローに憧れた。

 無条件に、裏からでも困っている人を助けるヒーローにだ。

 さしあたってチューガクでは彼はみんながやりたがらない、けれども誰かがやらないと終われない事を引き受けるようにした。

 最初は「ありがとう」と言われた。彼は喜んだ。ただ、成長したプライドが邪魔をして「そんなんじゃない。ただあのまま決めるのに時間を取られるのが面倒だっただけ」などと言って、何でもないふりをしてしまっていた。

 頼めば何でもやってくれる、少なくともその可能性が高い、そんなイメージが染みついて彼のもとには仕事が山積した。さらには別にやりたいと挙手をせずとも、教師に名指しされるようになったし、その推薦という形で人が少ないけれども誰かはやっていないといけないセートカイというのにも入った。この時も最初は彼自身もっと多くの人を助けられると喜んでいた。しかし、少し経てばもはや「ありがとう」も言われなくなって、他の人がサボった分を補填するようにまでさせられた。そう明示的に言われずとも、できていなかったら彼が叱られた。そのサボった他の人の筆頭――初めて親友と呼んでもいいかもしれないと思った相手だった――はできた時間で部活に行き練習を重ねて表彰を受けた。そうでない者らも皆、随分と自分の興味関心に熱心で日々が楽しそうだった。

 誰も彼を気にかけなかった。「変」と言って終わらせた。外野から見ればその通りだと思う。だって、みんながやりたがらない「面倒なこと」を進んでやる上に何も物を言わないのだから。いや、もちろん、小言をぶつくさは言う。けれど、それもどうも表情と合っていなくて現実味がなかった。

 彼自身、これまた膨張したプライドが邪魔をして苦しくても、つらくても誰も頼らなかった。自分でやった方が確実とさえ思っていた。相変わらずわからなくてもとにかく自分で解決することにこだわって、他人に手伝われた時でさえ大敗を喫したように思われた。

 こうした日常の仕事だけではもちろんなかった。チューガクでも彼は尚も「できるやつ」認定を下されており、勉強も怠れはしなかった。まだ他の人に教えるよう指示されることもあった。部活だってあった。こちらは仕事に優先的につぶされることが多かったようだけど。

 やっぱり彼も人間だった。日々の苦労から逃れるため、夜通しゲームや読書に耽った。朝はコーヒーを必ず飲み、体に鞭を打った。

 でも、三年のある時に彼は知る。

 彼はそのころにはもういい加減気付き始めてなるべく人の目に留まらないようにセートカイからも離脱していたけど、行事があれば必ずと言っていいほどに徴用され、その時もブンカサイというのに駆り出されていた。

 彼はクラスでせめてもの憂さ晴らし程度におそらくは仲間内と思える者たちに軽口をたたきながら「本当は嫌なんだ。面倒だし」とこれも軽い感じで言った。

 しかしこれがどうにも運の底をつついたらしい。

 彼は教師に呼び出された。そして言われた。

「お前はクラスで文化祭が嫌だとか面倒だとか言っていたんだって?文化祭を楽しみにしている人の気持ちがわからないのか。そんなんで皆の期待に応えられるとでも思っているのか」

 彼は「今のままではきっと答えられないと思います。心を入れ替えてみんなが納得して楽しめる文化祭を作ります」と涙をこらえながら言った。

 彼の中はぐちゃぐちゃになった。

 「期待」という言葉が深く、突き刺さった。「みんな」もだ。

 彼は考えた。いつも通りだ。わからなかったから。

 「みんな」とはだれを指すのか。学校の生徒だ。そして最たるは目ざとくこの教師に密告した、行事を当然にあるものとしてあるがままに真剣に楽しめる善良な生徒。

 「期待」とは何か。パッと思いつく限りでは「こいつならできる、何とかしてくれる」といったところだろう。おそらくは彼に向けられていたものと同じだ。

 合わせてみる。

 「みんな」は彼に、彼ならきっとやってくれるだろうと「期待」していた。

 では何を?まだわからない。

 今回に限れば、楽しい楽しい文化祭のことだ。

 でもそれだけではない、はずだ。

 振り返ってみれば歴然だった。

 そう、「みんな」が面倒で、嫌で、でも誰かがしないと終われないことをだ。

 彼がやってきたことで、彼がやらされるようになったことだ。

 今では彼に望まれることに変わった。つまりは「期待」に化体したのだ。

 材料は揃った。彼は分かった。

 「期待」は甘美な責任転嫁であると、はっきりと分かった。

 そして連動してまた一つ分かった。

 彼はその果てに得られるだろうと思っていた、人々からの温かい「信頼」は「期待」を飲み込ませるためのオブラートであり、周りの、自分の『人』の目を閉じさせる言葉なのだと、はっきりと分かった。

 彼を気にかける者はいなかったからだ。「変」の一言で区切って分かった気になって、「あいつなら、きっと」とさらに追い込む。

 またもう一つ決定打があった。虚無だ。彼はチューガク卒業時、周りが肩を組むなり抱き合うなりし、笑い合い泣きあう中、何も感じなかった。解放感くらいはあってもいいものだが、腕を上げる気も口角を上げる気も起きなかった。

 そうして、彼の信条は増えた。

 『人間を期待しない、信じない』

 そうして、彼は抜け殻になった。



 フィルムは終わった。まばらな拍手で、目と口をぼんやりと開けている人がほとんどだ。まだ開発序盤なのだから仕方ない。けれど、わたしには十分に思えた。

 わたしと似ている。というか、わたしそのものとさえ思える。

 「期待」はきれいな、甘い甘い責任転嫁。

 「信頼」は自他共の人の目を閉じさせること。

 これらが胸の中にごくごく自然に溶け込んだのだ。

 そして抜け殻になった彼を見て、わたしは決意した。

 わたしだけの価値を。わたしが望み、他の人にはできないことを。誰の期待にもよらず、誰かを信じようという気さえ起こさなくていい場所を、得ようと決意したのだ。



 お祭りは終わった。締めの花火では人々はその目に大きく輝きを反射させて見上げていたし、野外シアターはぜひ次回も、と大成功だった。でももうわたしにはどうでもいい。



 そうして、ワタシはほこりまみれの「受取拒否再配達」の扉を開けた。

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