シエラの過去 Ⅴ
コウチャカンがすすりなく。
第三回会議を終え、お祭りは何とか軌道に乗ってきた。第一回会議では他の人たちのやる気のなさから危惧していたけど、それを見越したことで話は前に進んだ。やっぱりみんな、特に案も持ってこず、あくびとため息の狂想曲。いや、わたしがメインで喋っているから協奏曲のほうがいいのか。ともあれ、予期したとおりであり、一本幹となる案をまとめてきておいて正解だった。おかげで第二回はするっと終われたし、今回のこれからやることのリスト決めもすんなりできた。次回は担当と段取り決め。
お祭りは正直言って、例年通りだ。おそらく他の委員たちはどうせそうなるだろうし、そうしておけばいいと思っているのだろう。確かに、いつもより劣らなければ問題は起きない――総体としては。内容は山車の巡回、花火、屋台に舞台となっている。
屋台はニホンのお祭りから、焼きそばやりんご飴なんかの食べ物系や、射的や金魚すくいなんかのアトラクション系が揃えられる予定だ。従業員はすべて郵便局員が担うからこっちで物を揃えて指示するだけで比較的に楽だ。
舞台では劇やダンス、演奏が行われる。出演者はホームページとかSNSとかで募集をかければすぐに集まる。出演料は出ず、まったくのボランティアだというのに、実に熱心なことで良い。あとはステージの設営と照明音響周り、参加団体との打ち合わせ、ローテーションについて決めればいい。
山車や花火はお祭りに協賛してくれた企業やグループのために行う。宣伝だ。このお祭りはこの町で代表される非常に大きなイベントであるために、名前を出せば多くの人の目を引けるのだ。山車は彼らにデザインから制作までしてもらい、花火はデザイン案や要望を出してもらってこちらで準備する。なのでこちらでは参加を望む企業及びグループの募集をしたのち、数を確定させ、巡回スケジュールの検討・決定、山車の安全性確認、花火は提出された案を花火師と一緒に検討・作成手配さえすればいい。あと打ち上げ計画についてもか。
うん、やることが多い。
そういえば大変なことばかりに気を取られ、実面積を一番占めるものを忘れていた。バザールだ。ハンドメイド品やリユース品を売り合う。リユース品はともかく、ハンドメイド品はアクセサリーや絵画なんかを出して名を上げようとする人が多くてこれまたすぐに人が集まる。舞台での募集と同じだ。
もちろん、それら以外でも町で営業している実店舗の店が出してもいいし、ネット上だけで営業している無店舗の店が出してもいい。これもこれで宣伝になるのだそうだ。他と違ってバザールは基本適当に場所を区切って割り振っていけばいいだけで一番楽だから忘れていた。
煌びやかな山車や花火に屋台の明かり。輝かしい未来や笑顔を味わいたい人々の熱意。この二つが合わさるから、お祭りは目に色鮮やかで豊かなものとされ、多くの人が集まり、町で代表される行事の一つに数えられるのだ。
でも、どうにもつまらない、気がする。
もうすでにやることは多いが、どうにもつまらない。というか芸がない。
なにか、なにかないだろうか。面白味のありそうなことはないだろうか。
腕を組み、頭をひねって考え込む。
ひねったついでに窓を眺める。ザ・シャードが見える。
わたしは観賞しないけど、人々からは絶大な人気を誇っている。
みんなで観たりはしない。一人で観るものだ。
みんなで観たらどうなるんだろう。
野外シアターなんてやってみたら面白いんじゃないか。
コンコン
視界右下の時計は十九時を指している。どうしたって誰もいない時間だ。普段であればびっくりするところだけど、今は邪魔としか思えなかった。わたしは勢いよく険しい顔を音の発生源に向ける。わたしは後悔した。なにも思い当たるところはなかったけど、そこにはグラハムの影のない顔が浮かんでいたのだ。グラハムは静かに重たく話し始めた。
「シエラさん。あなたには失望しましたよ。あれほど仕事を割り振り、期待していたというのに。本当に裏切られた気分です。あのお祭りに、あの郵便局で最大の催し物であるお祭りの実行委員長に押し上げたというのに。
シエラさん。あなたは裏で『やりたくない』だとか『めんどくさい』だとか言っていたそうじゃないですか。ああ、本当に残念でなりません。
シエラさん。あなたは今のままで皆の期待に応えられるとでも思っているのですか?どうなんですか?」
わたしは全身が硬直した。目には涙がどんどんたまってくる。気を抜けばすぐにこぼれてしまいそうだ。ほんと、わたしはつくづく「期待」に弱い。
「今の……ままでは、みんなの……期待に、は応えられない……と思います」
グラハムが満足げな息を吐き、続ける。
「では、どうすればいいか、わかりますね?」
「は、い。全身全霊をもって……心を入れ替え、て……みんなが納得して、たの……しめるお祭りを……作り、上げます」
グラハムの顔に深い影が生まれた。わたしが実行委員長を引き受けた日と同じ顔だった。
「その通りです。さぁ、その何の仕事ともわからないものをさっと片付けて、お祭りのために一分一秒でも長く尽力してくださいね。それでは、私はこれで失礼しますよ」
グラハムは、お祭りでの新企画考案のために開いていた、まだ白い部分の多い作業画面に指をさしながら言い残し、去っていった。
わたしはコウチャカンを口に当てがった。
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