シエラの過去 Ⅳ

 紅茶缶をすする。

 ついでクラッカーを口に放り込む。やっぱり味なんかしない。一応、もうずいぶんと前だけど、同期だったダレダレさんが若干の塩気はあるんだとか言っていたっけ。真偽は結局今になってもわからない。でも別にいい。むしろ好都合だ。紅茶缶の暴力的な甘さをのっぺらぼうにしてくれるから。

 紅茶缶はわたしがお祭りの実行委員長になったあの日から一週間と半、毎日机に届けられている。気は全然進まないけど、飲まなきゃ気が済まなくて毎日飲んでいる。クラッカーは、もうそろそろ限界だと思っていたところにバッグの中からいつだか昼ごはんにと思って持ってきていたのを見つけて試しに合わせてみたのが始まりだ。なんだかどんどん人間味がなくなってきたように感じる。

 キーボードを叩いて今年のスローガンをはじめにざっくりとした運営計画、思いつく限りの出し物なんかを書き連ねていく。これは先週金曜の終業後に各支局からの実行委員が集まって行われた第一回会議でのいわば宿題みたいなものだ。もっとも、会議とは名ばかりで各自己紹介の後にわたしが進行役となって進めるも、他の人たちは爪をいじったり、やたら時計と外を気にしていたり、目や手に落ち着きがなく明らかにゲームをしていたりなんかもしていた。他にも仕事があり、この会議の後もやらなければ間に合わないものまであったわたしとは大違いだ。ただ、切り上げられるなら早々に切り上げたい気持ちは共通だった。

 それに、こんなやる気の人たちに最初からガツガツやる感じで行くと反感を買って今後の進行に支障も出そうということもあった。頼ろうという気があるわけではないけど、協力を得られなければそもそも数が足りなくて開催できなくなる。そうなってももちろん面倒だ。開催まであと二か月。まだ時間はそれなりにある。そういうわけで、余裕を持ってやっていくことを示すように、とりあえず決めるべき事項についてまとめて各々で考えてくるように指示だけし、今に至っているのだ。でも、あの様子じゃ――

 わたしはまたため息をつきそうになるも、代わりにふるふると首を振って紅茶缶をグイっと飲み干した。

 ともあれ、あの金曜日は乗り越えた。それだけでも自分を褒めてもいいだろう。よくやったよ、わたし。

 むんと胸を張って顔を上げる。するといつもの連峰とご対面し、また結局顔を下げる。そのまま溶けるように机に突っ伏し、目を閉じる。目の前もお先も真っ暗。

 でも、そう思いたいのにさんさんと輝く明かりがまた一つ。ディスプレイだ。常時オン設定になっている。ほんと、目をつむっても仕事ばかりは目について離れない。あたかもわたしにはこれしかないような気にさせられる。確かにこの設定をしたのは自分自身であることはわかってるけど、腹立たしいことは腹立たしい。

 視点操作で設定を切るように試みる。けど、できない。そういえば最近は思いもよらない動作をしてしまうから切っておいたんだった。ゆるゆると手を上げ、なるべく最小限の動きになるよう直線的に動かす。オフにできた。とたん、どっと疲れた気分になる。わたしはいつも通り紅茶を淹れに行った。



 自前の紅茶用道具箱を展開する。水道から水を取り、沸騰させ、ポッドとカップに注いで温める。再度水を沸かしつつ、ポッドに茶葉を入れ、沸騰した水を入れる。抽出時間は四分。使っている茶葉は細かいもので通常は二から三分が望ましいけど、わたしは渋めの方が都合がいい。タイマーアプリを起動してセットする。

 台上に砂時計が現れた。下に溜まっている砂は黒い。動かす動作をすればタイマーはスタートする。しっかり上下反転する必要はないのだ。なので目一杯力を込めて砂時計にデコピンをくらわせる。砂時計は勢いよく回り、わたしはその様子をぼーっと眺めた。

 結局、砂時計は逆さにはならずに四分を迎えてアラームが鳴った。わたしは台に手をかけ、ため息をこぼし茶こしを片手に出来上がった紅茶を注ぐ。全然甘くない、渋みだけの紅茶を含みつつ、給湯室の窓から外を見やる。

 特に変わったところはない。面白味のあるものも見当たらない。いつも通り。町で一番ノッポで有名なあの建物だって観賞しないわたしにとってはただ目立つだけ。

 そこでいつもとは別なところに意識を向けてみた。わたしの目だ。毎日姿見で確認をしているけど、それは身だしなみチェックであって今回はそうじゃない。窓に近づいて観察する。目は疲れているのかちょっと重ためで、目じりはちょっとたれ気味だ。これか?これが原因なのか?わたしが他の人に遠慮なく仕事を投げつけられるのは。

 ……きっと違うんだろう。もちろん、要素としてはありそうだけど、決定的ってほどじゃない。もっと別なところにある。アレだ。わたしはまた、目を閉じる。

「お祭りなんて、ほんとはしたくないのに。めんどくさいなぁ」

 細く独りちり、カップを見ると空になっていた。わたしは両頬を手で軽くたたいて片付けをする。道具類を洗って布巾で拭いて軽く乾かした後、道具箱に仕舞って給湯室を出る。ついでになんとなく砂時計を見ると、黒砂は下に溜まったままだった。

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