四日目 閑話
同日 二十時 部室内
机にうつ伏せ、体を震わせる男が一人いる。私だ。そして頭の中にあるのは先の出来事。店を出た時は達成感が随伴していたが、腰を落ち着けて余韻に浸ることしばし。段々と自分が恥ずかしいことをのたまわっていたのを自覚したのだ。
まだ配達員となって四日。そんな人間が〝手紙〟の配達員としての矜持めいたものをご高説垂れるとは。
しかし、手紙に思い入れがあるのは確かだ。私は生前、妻に自分の中の蒸溜に熟成を重ねた毒を告白したことがある。毒と言ったからには通常他人に聞かせられるようなものではなく、またその時には妻を大事な存在と思っていたので面と向かって言うのがはばかられた。それでも、いやだからこそ言っておかねばと思って先に言葉をまとめ、検閲できる手紙を採った結果、成功をおさめたのだ。
つまり私は何も、思ってもいないことを言ったわけではない。ただ今回は私に日の浅い配達員が憑いていただけで、本人としては本当なのだ。恥ずかしいことじゃない。
「ジュンさん?」
急に名前を呼ばれ、身をはねらせ起きる。声の主はテラだった。テラは私の急な動きに目を丸くしている。
「テラさんですか。どうかしましたか」
声が震え、動揺が漏れ出る。
「いえ、働き始めてから初の休みを経てどんな様子か気になりまして。前に通りすがりでお会いしたときは憔悴していたようですから。先に言っておきますが、厳しいようであればご無理はなさらないでくださいね」
テラは彼女に向けていた申し訳なさそうな顔をしている。それに対して私は彼が安心できるように笑みを拵える。
「大丈夫だと思います、今のところは。シエラもなんだかんだやり方を示してくれましたし、それで今日差出人のもとに行って受取人が受け取ってくれるかもしれない糸口は見えてきましたので」
「そうですか。そうであるならよかったです」
テラは依然として申し訳なさをはがせていないが、口角をあげるくらいには持ち直したらしい。だが徐々に首を傾げ、表情を疑問に切り替える。
「先ほどはノックをしてから入ったのですが、机に伏せこんで気づいていませんでしたよね。糸口が見つかったのなら意気揚々としていてもいいものかと思いますが、やはり何かあったのではないですか」
それに私は手を横にブンブン振って
「いえ、全然大したことではないので――」
「どうかしたの?」
シエラだった。面倒なことになりそうなのを肌感覚で捉える。いつからいたんだろうか。
「おや、シエラ君。戻って来ていたんですか。今日は早いですね」
「うん。一つ渡せたからそれで今日はもういいかなって」
言いつつ、彼女は仕事道具を仕舞っていく。最後にバッジを戻すと、にんまりとしながら近寄ってくる。
「それで?大したことじゃないってのは何のことなの?」
どうやら、聞かれたくない部分は聞いていないようだ。しかし、安心も束の間でテラが喋ってしまう。
「ジュンさんがシエラ君からのアドバイスでなんとか受け取ってもらえそうになったというのに、何か悩んでいるようでして」
テラの目にはただ純粋に心配がこもっており、非難しようにもしづらく、解消してあげたいとさえ思わせる。だがそんな一方、シエラの面白がるような「へぇー」の相槌にはあまり続けたくないとも思ってしまう。
……まあ、別に恥ずかしいことでもないから構わないか。私は今日あったことを話した。
「それは素晴らしいことではないですか!自信を持ってください!」
テラは手をたたきながら、私を褒め、励ましてくれる。それに私も笑顔を返すが、どうも口の端がヒクつく。
「プッ、ククク……」
この笑い声はシエラだ。努めて笑わないようにしているようではあるが、漏れ出る声が余計に馬鹿にした笑いを抑えていることを示している。私は耐え切れずに聞く。
「何か言いたいことがあるなら言ってみたらどうなんだ」
彼女は一瞬私と目を合わせるもまたすぐに逸らし、口に手を当てながら返答する。
「悪かったね。にしても来て早々四日目で配達員がどうとか、手紙がどうとか、さすがに、ね?」
「やっぱり言うべきじゃなかった」
全然彼女に悪びれる様子がないので、素直に腹が立つ。腕を組み、顔を険しくして背ける私を見、テラがフォローに入る。
「まぁまぁ。四日目にして手紙の配達員としての自覚があるのはいいことです。それにシエラ君は笑いすぎですよ。もっと人に敬意を持ってください」
これまで彼女に言いたかったことを言ってくれたので私は非常に満足し、ゆっくりと大きく頷く。対して彼女は白けた顔で鼻を鳴らし、首ごと視線を逸らす。しばらくの沈黙。彼女が口を開く。
「よかったんじゃないの。どうでもいいけど。……ま、そうだね。今日は気分がいいからもう一つ助言しといてあげる。たぶん、あと一息ではあるからせいぜい頑張るといいよ。それじゃ、ワタシは先に上がるから。おつかれさま」
言うとすぐ彼女は部屋から出て行ってしまった。注意をちゃんと受け取ってはいないようではあるものの、助言と終わりの挨拶はしてくれた。よくわからない人だ。
「すいませんね。彼女はまた彼女で色々とあるものですから、悪気自体はないはずですよ」
「それは、はい、多分そうなんでしょうね。話していて私自身を嫌っている感じはしませんから」
「わかっていただけているならよかったです。もう九時過ぎですか。なかなか長居してしまいましたね。そろそろ私もお暇しましょう。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
お互いに軽くお辞儀をする。テラが先に部屋を出て行った後、私もずっとつけっぱなしだったバッジを外して仕舞う。
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