四日目 特定
四日目
十八時
三〇一号室
本日三回目の訪問。
「この家の主はその手紙を受け取る意を持っておりません。お引き取りください」
小さなメイドはまたペコリと頭を下げて、消える。
これはただの作業だ。そう、ただの作業。むしろ今回で収穫があったと言ってもいいのだから、別に良いのだ。
踵を返し、アパートを離れた。
そして向かうは目下差出人に関係ありそうな、あの店だ。大通りのちょうど中ごろに位置し、ここからは少し遠く、これからやることも考えると気が重い。だが、はっきりとした目的があり、閉店間際で客足のない頃合いだ。戻り道でもある。条件としては十分だろう。
GIKOU
相も変わらず店名を殊更に大きく掲げるこの看板は目を引くものの、あまり好きになれない。なんというか、張りぼてに感じるのだ。印象通りに重厚な外観ながらも軽いドアを開けて中に入る。
店内はウィンドウにある以外にざっと見二十体ほどの、台から映写されるホログラムのマネキンが並び、様々なテイストにコーディネートされている。例えば、濡羽色をベースに虹色の光が流動するラインを袖や襟の口に走らせたM-65型のジャケットを使う、近未来とミリタリーを合わせたようなものであったり、ブリティッシュスタイルながらも
一通り商品を眺め、「さて」と切り替える。全体を見回ったものの、話に聞いた通り店員の姿はなかった。店員を呼ぶベルもない。そこで入店時から視界に追加されたこの店のアプリを起動する。スクロールし、「お問い合わせ」から「直接当店での対応を望みますか?」とのボタンを見つけ、押す。するとウィンドウから鐘が立体的に浮き出、天井の中心へと飛んでいき、派手にチリンチリンと鳴って弾け飛んだ。数秒後、散った青白い粒子が寄り集まって一人の男を形成する。
濃紺のシャツに深緑のスーツを纏って、首元からはオレンジのネクタイを下げている。深沈さを備えながらも遊び心を忘れないような組み合わせだ。だが、必ずしもその上に
「当店について何かお困りごとでしょうか?」
「いえ、そういうことではなく、少し聞きたいことがありまして。あなたがギコウさん、で合ってますか?」
「やっぱりそう、ですよね……、配達員の方、ですもんね。……はい、私は確かにギコウと言います。ご用件はさしづめ、私の出した手紙が受け取られなかったことについて、なんでしょう?」
彼の自嘲するような物言いに私は胸を一撫でする。しかし、万が一にも間違いがあってはいけない。私は伏し目がちに続ける。
「はい。それでもう一つ確認なのですが、あなたの手紙の宛先はミツカゲさん、でよろしいですか?」
彼は今度は少し情けない笑顔に変え、
「間違いありません。それは私が十か月前に彼に宛てたものです」
消印を見てみると確かに丁度それくらいの日付だ。彼の様子からして全くの有頂天に上がることはしないが、それでも一つ荷を下ろせた心持にはなる。
「ありがとうございます。では、本題に移らせていただきます。私はこの手紙を届けるため三日間ミツカゲさんのお宅に訪ね続けました。始めの二日間はおそらく無視を決め込まれたのですが、三日目にして受け取らない旨の表明をいただきました。
私としては落ち込んだのですが、ふと思いまして。少しの間我慢することになっても、ただ受け取らないのであれば無視だけでも事足りたのではないかと。ですが、ミツカゲさんは行動を起こしました。これはつまり、裏を返せばミツカゲさんにとってこの手紙はかなりの程度で気になる事柄と言えるのではないでしょうか?そして私は、単に面倒で受け取らないのではなく、どうしても受け取りたくない理由が何かあるのではないか、と考え至り、さしあたって、差出人だろうあなたを訪ねた次第です」
彼は私の少々長いだろう説明に頷きつつ、黙って聞いていた。しばらくの沈黙の後に彼は首をかしげる。
「事の経緯はわかりました。しかし、その彼が受け取りたくない理由を知ってどうなるんですか?正直に申し上げますと、これは私と彼の問題であって、あなたはただの橋渡し役でしょう。関係ないのではないですか。
それに別に、彼が必要としていないならそれでいいんです、私は!」
静かに語気を強めていく彼に私は言葉に詰まる。きっとそうなんだろう。けれども
「仰る通り。ただの配達員でしかない人間が踏み込む必要のない領域なのかもしれません。受取人が必要としていないならそれでいいのかもしれません。しかし、私は〝手紙〟の配達員です。手紙は思いを綴るものです。それも、その相手に宛てて。手紙そのものは誰かが誰かに踏み込みたい、もしくは継続したい意思を含んでいるんです。届かないままに終わらせていいはずがない。
あなたの様子からして、ミツカゲさんとは喧嘩、そうでなくともそれに類似することが原因なんでしょう?そして手紙を出した理由は、謝罪または仲直りの――」
「彼が受け取るはずないでしょう!!」
ギコウはホログラムでも鮮明にこぶしを握り締め、震わせる。
「私が何を思っていたとしても、彼にしたことは到底許されていいことじゃない……。ただただ、私が楽になりたくて書いたに過ぎないんだ」
こぶしはすっかり開かれ、力なくただぶら下がっている。しかし、どうにも私にはギコウがそこまで手前勝手な人間には見えない。彼の顔に煩悶が染み込んでいるからだ。
「なら、尚のことですよ。その思いはミツカゲさんにちゃんと届かせるべきです。ちゃんと終わりにしましょう。
ミツカゲさんもきっと、大体の予想はついてるんだと思います。でも、怖いんです。思っていたものと違って、思っていた終わりと違ったら。
だから、教えてください。あなたが彼に伝えたいことが何か、一言でいいです。私が代わりに何度でも呼びかけます。必ず届けます」
彼はうなだれている。もう表情を窺うことはできない。だが、体を反転させてポツリと
「……謝りたい、そしてできることならを仲直りしたい」
言って、消えた。
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