休日

「で。どうだい?お仕事は楽しいかい?」


 ニヤついた顔でコイツ、ポートは言ってくる。それに私は肩をすくめ、コーヒーをすする。普段は頼まないエスプレッソを頼んだせいか、顔をしかめた渋い顔になってしまった。私は喉まで蔓延する苦みを吐き出すように返答する。

「まったく、楽しくはないな。それにシエラのあのつっけんどんな態度には参ったもんだ。事前に辛さを教えてもらった以上、なんも言えんしな」

 なるべく頭を抱え込んでまで表現しないように、まだコーヒーの残るデミタスカップを両手でしっかり握っておく。しかし、その努力が懸命に過ぎたため、底の見通せない水面は大幅に揺れてこぼれてしまった。拭くためにナプキンを取ろうとすると、流石に彼も茶化す雰囲気でないことを察し、謝りつつ代わりにナプキンで拭いてくれる。それに感謝を述べ、視線を低くなった水面に戻し、ほっとする。


 時刻は十四時過ぎ。今日はこちらの世界に来てから最初の仕事の当てとして入った店に来ている。席は同じくカウンター。その時は初めての町で見るものが多く、店の名前にまで意識が回らなかったが、名は「アルフェ」という。表の看板を見れば、しっかりバル&カフェと添えてあった。なるほど、日本基準で喫茶店と混同していたらしい。そしてここはやはりポートの行きつけとのこと。また女性店主についても紹介され、彼女はクレアというそうだ。発色のいい赤髪に比して目元には穏やかさが宿り、それにまた温和な口調が重なって、対面すると優しく元気づけられる気がする。この店の繁盛具合は彼女の気質ゆえ、ということもありそうだ。

 なぜこのように昼間に顔を合わせているかというと、今日明日が土日であり、局で定められた休日な上、朝起きた時に彼からメッセージが来ていたからだ。正直なところ、あの部署に特定の休みなどあっても自由にできそうであるが、まだ働き始めて三日だ。そこまで着火しやすくはないし、昨日踏み出せそうな道は見つけたとはいっても、精神的慢性毒が広がっている。ので、しっかり休むことにした。

 しかし、毒は思った通りにすぐには抜けてくれない。どうしても休み明けのことが頭をもたげてくる。そこに彼の誘いが来たのだ。案内人と言っていたポートなら、このモヤを解消するための情報収集にはもってこいだろう。

「……GIKOUという服屋は知っているか?」

「?ギコー?ああ、GIKOUね。知ってるよ。どうかしたのかい?」

「あまり仔細は述べたくないんだが、少し気になってな」

「へぇ、意外だね。今日も今日とて白ティーに黒パンツのくせに」

「くせにとか言うなよ」

 私は彼女にも似たようなことを言われたのを思い出し、ぎこちない笑顔を作る。これまでの彼ならここで一つ言ってくるだろうが、先のこともあって突っ込みはしなかった。彼はそのまま話を受け取り、続ける。

「それで?何を知りたいんだい?」

「その店のオーナー兼デザイナーは店名と同じくGikouか?」

「うーん。確かそうだったんじゃないかな。大体そうだし。調べれば出てくるでしょ」

 言って、彼は手を滑らかに振って検索アプリを起動し、私にも見えるよう共有モードに切り替える。

「あった、あった。やっぱりそうみたいだね。写真も載っけてくれてればいいのに」

「構わんさ。とりあえず名前が一緒なら十分だ」

 彼は不思議そうな顔を依然として浮かべるも、私の要望もあって詮索はしてこない。ここでこの話は終わる。しかしおかげでモヤは晴れ、月曜への意欲はいくらかマシになった。少なくとも今日明日は寝れそうだ。

「それにしても、このくらいスマートグラスをあげたんだし、自分で調べれたんじゃないかい?使い方も一通り教えただろ?」

「いや、……すまん。思い至らなかった。たった三日とはいえだいぶクルものがあってな。それにほら、これがあまりにも自然に視界に溶け込んでくれるから、な」

 彼は苦笑交じりに軽く頷いて見せる。このまま続けると湿っぽくなりそうだ。こうした場は自身の被害者意識を増幅させ、心をマヒさせる。話を切り替えよう。

「そういえば、最近、出会った時のふざけた口調とか大仰な手ぶりとかしないな。あの、なんかゲームマスターみたいなヤツ。なんでしなくなったんだ?」

「君が喜ぶと思って」

「……」

 何も言えなかった。ただ眼を見開くしかなかった。私はてっきり照れ臭そうにはにかみながら言うものだと思っていた。しかし違った。彼の顔にも声にも色はない。まるでそれしかないように、一点に凝縮されたがために空虚になったようにだ。

 私が絶句していると、ハッと彼は我に返る。

「ごめんごめん。僕も仕事でちょっとなかなか解決できないエラーがあってね。多分疲れてるんだ」

 そう彼は言い訳する。確かに、この店に入ってからの雑談で彼の本職がとあるシステムの管理者とも聞いたので、その可能性は十分あり得る。だが、私には彼が我を〝かぶった〟ように見えた。


 お互いが気まずさに支配された。そこに救いの手が差し伸べられる。クレアだ。

「二人とも、飲み物が空っぽじゃない。まさかコーヒー二杯でそこを独占しようってわけじゃないわよね?」

「……そうだね。じゃあ、いつものを二つおくれよ。あと唐揚げにポテト、スペシャルサラダもよろしく!」

 ポートの注文を受け、彼女は「はい」と朗らかに返事をして準備に入る。これには本当に助かった。まだ彼との付き合いは数日でしかなく、あの未知に立ち入る勇気はなかった。声には出さないが、心の中で彼女にお礼を述べる。ほどなくして注文した物が提供される。

 唐揚げとポテトはどちらも揚げたてで見た目にもカリっとしながら、立ち上る湯気に乗っかってくる薫りが鼻腔をくすぐり、喉を鳴らせる。サラダは赤緑黄色と色鮮やかかつ、ボイルされたイカやエビ、ローストビーフもあって豪華。そしてポートの言う「いつもの」はウィスキーのロックだった。

「おぅ。私はウィスキーが苦手なんだ。いでもらった以上は飲むが次はワインで頼む」

 そう言う私に彼は意外そうな顔を向ける。しかし、一瞬の思考の果てに思い出すように

「ああ!!そうだ!人違いだったね!まあ!なんにしたってこれでかなり上機嫌になれるしいいだろ?さ、カンパイ!」

と言いつつ伸ばしてくる彼のグラスに私も合わせキンと鳴らす。あまり私としては「酒は人生の潤滑油」などと言うのは諦めてしまっているようで快く思わないが、この場においては都合がいい。お互いに一口含み、嘆息を漏らし、その後も酒と食事を楽しんだ。

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