三日目 糸口

三日目


 今日は十二時に照準を合わせ出勤してみたが、シエラとは会えなかった。一旦は待ってみるかと思ったが、正直まだ癪に感じてしなかった。

 確かに昨日はテラの話から感心を抱き、いい方向の解釈も用意し、おもんばかりまでした。だが、拭い切れないのだ。私の脳裏の彼女はあの不遜ともいえる態度を持って現れる。まだ浅い付き合いとはいえ、これこそ私が今まで彼女を見てきた上のものなのだ。もし私が待っていたことを彼女が察知すれば、彼女はよりその態度を強くするようにも思えてならない。今後もそれなりに付き合いは続くのだから、話しづらさに拍車をかけるリスクは排除した方がいいだろう。どうやら私は「次」に偶然が必要なことに心なしか気づいていたらしい。思考を一巡させ、合点するや否や部屋を飛び出す。その一瞬でも彼女が入ってきてしまわないように。



三〇一号室


 その勢いのままここに来た。本日一回目の訪問である。十二時半。歩きで四十分前後かかっていたからやはりいくらか早歩きだったらしい。さて、やるか。


 一度目、反応なし。

 二度目、反応なし。

 三度目、反応な――


 三度目、ベルに触れたと思った。しかし、それはベルではなかった。クラシックメイドをデフォルメしたような三等身の女性キャラが浮かんでいたのだ。


「この家のあるじはその手紙を受け取る意を持っておりません。お引き取り願います」


 そのかわいらしい見た目とは裏腹に毅然とした声で言い放ち、最後にペコリと頭を下げて消えていった。

 完全にフラれたか。これまでの単なる無視から、AIアバターであってもわざわざ声でもって意思表明してきたのだ。

 昨日気合を入れ直したと思ったのはやはりただの「つもり」だったらしい。心がポッキリ折れてしまった。頭、肩共にがっくり落ちる。視界は私の胸より下と床だけだ。足は鉛のように重く、引きずるように歩き、階段を下りる。あとは見たことのあるタイルを辿ってひたすらに歩き回った。



 視界の隅に珍しく木目調が映りこむ。それで何となく顔を上げると私の職場である郵便局だった。足に疲れを感じてきている。丁度いい、ここには私の席がある。いつでも、いつまでも座っていていいはずだ。

 徒歩の反動で揺れる視界の中、何とか例の部屋のドアを捉え、開ける。

「げっ」

 その声に反射的にまた顔を上げる。シエラだ。これまた苦虫を噛み潰したような顔をしてくれる。てっきりいないものかと思っていた。しかし、今はどうでもいい。すごすごと自席に着く。しばらく私の腕が作る三角州を眺めていると、コンと両端を絞って包まれたかわいらしい飴が一つ投げ込まれた。

「何?ちょっと気持ち悪いんだけど。何かあったの?」

 意外だ。私は、彼女には他人にかける情がないのだとばかり思っていた。私の落胆ぶりはさすがに気になったらしい。……ここで答えないのも感じが悪いか。

「さっき受取人の家を訪ねたんだが、なんか遂にAIアバターと言うのか?が出てきてな。それで受け取る意思はないって言われてしまったんだよ」

「なんだ、そんなこと」

 彼女はさもありなんと一気に興味をなくしている。当の私はというと真剣に意気消沈しているために腹立たしく、口調はいくらか刺々しくなった。

「そんなこととは何だよ?」

 彼女は溜息一つ吐き、応答する。

「そんなの予想の内ってこと。むしろいい傾向だし」

 何を言ってるんだ。この者は。私の眉間が伸びることはない。

「はぁ。これまで無視されてたけど、反応があったわけでしょ。それってことは、向こう側のしびれが切れるとこまできて、アクションを起こさないといけないって思ってるわけ」

 いまいち要領を得ない。気づけば「は?」と口にしていた。

「あー、もう。要はあなたの訪問が気になって仕方がないってこと。何ならうるさいとまで思われてるかもね」

「……つまり、受取人からしても手紙の存在は解決すべき問題になったってことか?なるほどな。ところで、それは私に対しても言ってないか?」

「好きなように取れば?」

「そうか。うるさいか。それは申し訳なかった。極力静かにしていたつもりだけどな。特にドアを開けてから着席までは埃一つ立ってなかったろ」

 得心がいって、したり顔で言う。しかし、彼女の顔を見ると苛立たし気な表情から、怒気を込めた半笑いに変わっている。また余計なことを言ったのを瞬時に理解する。きつい言葉がぶつけられると覚悟を決めたが、彼女は首を横に振ってそのきれいな顔に一番似つかわしい柔らかさを含んだはにかみとともに

「そうね。あなたがあんまりにも静かに入ってきたのに、よく口は動くみたいで気色が悪かったから。よかったよ、ちゃんと汲み取ってくれて」

とやはりきつい返しが来た。これにはさしもの私でも申し訳ないと思い、謝罪を述べようと口を開く。が、彼女の方が先に言葉を紡いでしまった。

「もうそれはそれとして。あとはそのまま続けて訪ねながら、なんで受け取りたくないのか調べてみたら?その手紙には直接封筒に宛名と差出人名が書かれてないけど、コードの中にはあるからわかるはず。……これだけ言えばいいでしょ。ワタシは配達に戻るから」

 そう言い残し、彼女はそそくさと部屋を出て行ってしまった。お礼の一つでも述べたかったのだが、それはまた今度にしよう。そうだな、給料が入ったら何か面白そうなお菓子でも贈ろう。食事に誘うにしても絶対断られるだろうし、何より私の胃がちそうにない。それにデスクに散らばっているのを見るに、彼女はお菓子が好きなようだ。

 それにしても、「次」の絶好の機会であったというのに、さらに気まずい状況に自ら引っ張って行ってしまった。いや勿論、彼女の態度が依然として気に障るようなところも悪い。今回は特に落ち込んでいるだろう相手にとる態度ではないと思う。これはお互い様……のはずだ。

 一通り彼女について考えたのち、助言を頭の中で再生する。受取人が「なぜ」受け取りたくないのか、か。確かに考えていなかった。配達業とあってただ受け渡しを遂行できればいいとどこかで思っていたのだ。しかし、ここに集まっているのは「受取拒否」の手紙たちだ。人間関係における何かしらのもつれによってその機能を果たし切れていない、悲しき手紙たちだ。原因が分かって、差出人の意図が受取人にある程度分かれば、中身への期待が高まり、確認のために開けてみてもいいかと思ってくれるかもしれない。「よし」と背筋を伸ばし、手紙のコードを読み取る。宛名はMitsukage。日本の名前のようで少し親近感が湧くが、案の定知らない名前だ。しかし、差出人の名には見覚えがあった。


 Gikou


 人名ゆえ最初の一文字以外は小文字であるものの、あの大通りの服屋と同じ綴りだ。

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