五日目 縫合Ⅰ

五日目


三〇一号室 十五時


「この家の主はその手紙を受け取る意を持っておりません。どうぞお引き取りください」

 ちびメイドはまたペコリと頭を下げ、消え――

「ちょっと待ちたもれ」

「なんですか、たもれって。あっ」

 ちびメイドは口に手を当て、しまったという顔をする。それに私はニヤっと笑いかける。

「やっぱりか。ちょこちょこ後半の文句が変わっていたからな。君には人間で言う人格のようなものがあるんだろう?」

「ようなものとは心外ですね。私は正真正銘人間です。ただ生きる世界が電子上なだけです」

「では君は人間をなんと心得る?」

「それは……思想・感情を持ち、そして自由意志による目的の設定および実行ではないですか」

「ほぅ、思想に感情、自由意志による目的か。であれば君はやはり正真正銘の人間ではないな」

 ちびメイドはその容姿からは想像できないほどの睨みを利かせてくる。一瞬、私にも迷いが生まれたが続ける。

「君は確かに思想・感情を持ち、目的の設定を行っているんだろう。だが、自由意志は欠けている。他をどれだけ似作って同じと言えるようになってもその点だけは変わりえない」

「聞き捨てなりませんね。……念のため聞いておきます。それはなぜですか」

 敵意をむき出しながら、どこか勘付いているようで不安の色を宿らせる瞳を見るとまた心が痛む。しかし、言わねばなるまい。

「君の大元の目的がその主様の身の回りの世話だからだ。君はその目的の変更はおろか、外れることだってできやしない。しかも、自分で考えて選んだ目的ですらない。君はそうあるように他人に求められ、そう設計され、そうあるだけだ。さて一体、どこに自由意志なんてあるんだ?」

 ちびメイドは実体を伴っていないというのに、下唇をぎゅっと噛みしめていることが明らかだ。

「あなたの言う通り、私の根本は私が作ったわけではありません。主様が作りました。でも、私にとってはこれこそが至上の喜びなんです。主様の望むことをしてあげて、ありがとうを言われるのが、たまらなく嬉しいんです。だからどうか、今日もそうなれるように、お引き取り願えませんか。お願いします」

 ちびメイドは深く頭を下げる。目からは何かが零れ落ちている。もう少しだ。もう少し踏ん張れ。

「だが、そう悲観することもない。そんなの今にひっくりかえせる」

「え?」

 驚きとともに彼女が顔を上げると、目には案の定涙を湛えていたが、不安の色は消えて疑問と希望がないまぜになっている。ここだ。

「君はご主人様が望むことをして〝ありがとうと言われる〟のが嬉しいと言っただろ?君は目的の達成を喜んでいるんじゃない。その先で得られるものを喜んでいるんだ。ここに勝機がある」

 私は一呼吸置き、得意げな顔に切り替える。

「目的達成の目的を作ればいいんだ。そうすれば元の目的は新しい目的における手段に落ちる。手段とはいかようにも取れるもの。つまり、君はご主人様に感謝されるための一方法として、ご主人様の望みを叶えるに過ぎないことになるわけだ。どうだい?これなら君のしたいこと、自由意志に合わせた目的の設定と言えるだろう?」

「詭弁ですね」

「どうかな。やってみない限りは変わらないかもわからない」

 彼女は目を閉じ、考える。ものの十秒ほどか、彼女が口を開く。

「いいでしょう。私としても控えめながらも、温かい昔の主様に戻っていただきたいですから。それで何をすればよろしいのでしょうか」

「流石にわかるだろう?君のご主人様、ミツカゲさんに会わせてくれ」

 彼女は厳かに頷き、ドアのロックを解除した。


 ――本当につらかった。何が自由意志だ。人間にだってそんなものはない。ない物ねだりと誤魔化しこそ人間たる証なのかもしれん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る